アレクサンドル・ソクーロフは「太陽」以来。ロシア人でありながら、イッセー尾形をキャスティングするあたりは、かなりセンスを感じるなという記憶を思い出す。
『道を踏みはずした私が目をさました時は、暗い森の中をさまよっていた。』
独裁者がよく繰り返し言うセリフがあったが、これはダンテの「神曲」からの引用である。この作品は「地獄編」「煉獄(れんごく)編」「天国編」の3つで構成された詩篇である。
神曲では作者であるダンテが目を覚ますのだが、それをスターリンにしたのはおそらくソクーロフ自身ががロシア人ゆえの擬似投影をしているのだろう。
この映画は良い意味で滑稽(こっけい)であった。4人の独裁者は痴話喧嘩のような感じで相手を罵りあっているが、実際ならば取っ組み合いが起きているとは思う。
上映時間もコンパクトで、文学作品を引用するアイデアは良かったと思う。しかし会話が噛み合わないところも多々みられたのと、淡々としていて進行としての起伏があまり感じられなかった。
もし忠実に進行をするのであれば、煉獄編ではなく地獄編からだとは思うが、制作意図として汲みとれない訳ではないが、少し厳しいかな。
またこれらの登場人物たちを第二次世界大戦による悪党の代名詞として吊るし上げているのは容易であり、敢えて誰とは述べないが、歴史考証からすれば他の重要人物がいる筈である。
これは前回「ザ・ホエール」の批評とは相容れないことになるかもしれないが、あの連中が待ち構えているならば、神や仏、天国や地獄などあるはずがない。死後の世界を本当に信じているのは、良い星の下で生まれた夢みがちなお人好しにしか思えない。鑑賞後の感想はそれにつきる。
「この門をくぐるべき輩よ、すべての希望を捨てよ」(地獄編)
[ユーロスペース 14:30〜]