あかぬ

エドワード・ヤンの恋愛時代 4K レストア版のあかぬのレビュー・感想・評価

5.0
ロマンティック・エレベーター映画

急速な西洋化と経済発展を遂げる1990年代前半の台北が舞台。
財閥の娘で出版やタレントまで幅広く扱う会社の社長であるモーリー。だが会社の経営は赤字であり、気にくわないスタッフは不当に解雇するなど、社長としての素質は見られない。姉の婚約者だったアキンとの政略結婚を間近に控えているが、関係はうまくいっていない様子。
モーリーの大学時代からの親友・チチはモーリーの会社で働いているが、勝手気ままなモーリーの尻拭いをさせられ少々疲れ気味。愛嬌ある性格で周囲から好かれるが「いい子のフリをしている」と思われることに悩んでおり、恋人・ミンとの関係も雲行きが怪しい。
そんな彼女たちふたりを中心に取り巻く、同級生・恋人・姉妹・同僚など計10人の男女の間で起こる2日半の人間模様を描いたお話。

急速に発展を遂げた都市ではどこもかしこも利益至上主義がはびこり、伝統的な価値観や社会の構造が揺らぎはじめていた。そんな1990年代前半の台北で生きる若者たちは、毎日加速度的に増え続ける膨大なタスクに、心身ともに引き裂かれてしまい自分を見失っている。
誰かに自分の胸の内にある叫びを聞いてほしいけれど、この社会では誰もが忙しく生きていて、他者の話に耳を傾ける心の余裕を持ち合わせていない。それでも誰かに気付いて欲しい、そばに居てほしい、そしてそういう時どうしていいのかわからない彼女・彼らは強い人間のフリをして声を荒げ大人気なく喚き散らす。しかしその願いは当然届くことはなく、その行動がもたらすものはお互いに傷つけ合う空虚なやりとりのみだ。

この映画に悪人は登場しない、けれどみんな大小にダメな奴ら。そんな不器用な人間たちが猛スピードで捲し立てるしょうもない痴話喧嘩や愛憎劇は痛々しくてどうしようもなくむず痒い気分にさせてくるが、そういう、いわゆる黒歴史ってやつを経験するからこそ私たちははじめて自己を獲得(独立)することができるのだと思った。
彼らのヤケクソの迷走を、我々が映画という一歩引いた視点で見て笑ったりして愛らしいなあと感じるように、自分の黒歴史を今振り返ってみるとおもしろおかしくて仕方がない。
黒歴史って言っても当事者にとっては笑えないことばかりで、彼らの直面してる問題の数々もそんなに生易しいものではないのだけど(会社の経営難、自殺未遂、親友の裏切り、恋人の浮気などなど…)、希望を捨てずに生きてさえいれば、彼らにもいつかきっと最低な思い出を思いきり笑える日が来るはず。

スピーディーな展開はとても緻密で無駄がないし、10人もの登場人物が繰り出すカオスな物語は、話を追うのに疲れそうなものだが観終わった後はカラッとした清々しい風が吹いていて不思議。
ラストではチチの自信と希望に満ちた真っ直ぐな瞳に涙。しっかりと未来に希望を持たせてくれるエンディングでよかった。
そして作中何度も登場するエレベーターの使い方が非常に非常にブラボー。
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