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理想郷のレントのレビュー・感想・評価

理想郷(2022年製作の映画)
4.2
「故郷」

スペインガリシア州の小さな村に移住してきたアントワーヌとオルガの夫婦。この地にほれ込んだ彼らは有機農業で生計を立てる傍ら、村の古民家を修繕して過疎化に悩む村を盛り立てようとしていた。

そんな時に村への風力発電事業誘致の話が持ち上がり、それに反対した彼らと村人との関係が険悪なムードに。
特に夫婦の隣に住むシャンとロレンソの兄弟は彼らを毛嫌いして何かと嫌がらせをしてくる。元教師のアントワーヌはそんな彼らに対して冷静に話し合おうとする。
だがシャンはたかだか移住してきて二年のアントワーヌがこの村を故郷だと言い放ったことに憤りを覚える。この地に生まれ長年暮らしてきた彼らにとってよそ者の彼の発言が許せなかった。

しかし人間にとって「故郷」とはその暮らした時間だけが重要なのだろうか。この地に根を下ろし、この地で生きていく覚悟をした瞬間にその地は故郷となるのではないだろうか。
ましてやアントワーヌはこの村を再生しようと日々努力していた。村の復興にはまず人を呼び込まなければならない。新しい住人が増えなければただただ衰退するのみだ。シャンたちにとってよそ者である人間こそがこの村を救う唯一の手立てなのだ。
逆に電力会社の甘い誘惑に一度乗ってしまえば確かに一時的に住人は潤うだろう。だが、補償金の使い道について聞かれたシャンは弟と豪遊すると答える始末。村を盛り立てるための資金に使うなどという発想もないのだ。
貧困な地方は電力会社にとってはいい鴨だ。補償金という麻薬で薬付けにすれば後は言いなりになる。村は補償金に頼り、自立再生はますます困難になってしまう。教養のあるアントワーヌはそれを知ってるからこそ誘致に反対したのだ。村の未来を考えて。しかし、学のない兄弟たちにはそれが全く理解できない。

やがて兄弟たちの嫌がらせはエスカレートしついにはアントワーヌは殺されてしまう。
夫がいなくなってからも、農業を続ける傍らで夫の行方を探し続けるオルガ。そんな母を心配して娘はこの村を出て一緒に暮らそうと説得するがまったく聞き入れない。
父を殺したであろう犯人が住む村でこれからも暮らしたいという母の気持ちが娘には到底理解できなかった。

しかし犯人の兄弟と鉢合わせしたときおびえる自分をかばって毅然とした態度を取った母を見て娘は悟った。
父を愛していた母、その父が故郷と呼んだこの村はすでに母にとっても故郷となっていたことを。この地に根を下ろし、この地で生きてゆく覚悟を持った瞬間、母にとってもここは故郷となっていたことを。
けして犯人たちへの復讐心からこの地に固執していたのではない、新たに羊を飼い始めたことから、そして息子たちを失うであろう哀れな母親に対して気遣いを見せたことからもオルガにとってこの地は最愛の夫と最後に暮らしたかけがえのない故郷になっていた。

閉鎖的は村での近隣トラブルがやがて恐ろしい展開を迎える。スリリングなサスペンスの様相を呈してからとにかく緊張感で目が離せない。サスペンスとしても秀逸だが人間ドラマとしても重厚で見ごたえある作品だった。

ちなみにスペインは日本同様エネルギーを海外に依存しなければならない電力弱者だった。これまでは原発や化石燃料でなどで持ちこたえてきたが、度重なる世界での原発事故を目の当たりにし、また脱炭素化の流れに沿う形で再生可能エネルギーへシフトしていった。その結果、いまや再生可能エネルギー導入率は世界5位だという。そしてこのガリシア地方はスペインでナンバーワンの風力発電量を誇っている。
事故を起こした日本がスペインと違い、時代に逆行する原発推進を進めているのは謎である。
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