むさじー

理想郷のむさじーのレビュー・感想・評価

理想郷(2022年製作の映画)
3.6
<“野獣”の地に理想を求めると>

フランス人夫婦のアントワーヌとオルガは、スローライフを求めてスペインの山あいにある小さな村に移住する。しかし村人の暮らしは貧しく、隣人の兄弟は新参者の異邦人を歓迎せずに嫌がらせを繰り返すようになる。そんな中、村として補償金収入が見込める風力発電のプロジェクトを巡り、村人と夫婦の意見が対立し敵対関係が激化していく。
山間の限界集落にとって風力発電の誘致は目先の大きな収益だが、定年後に有機農業をして悠々自適に暮らしたい移住者にとっては景観と環境破壊の悪行でしかない。そんな少数の反対意見を何とか封じ込めようとする隣人兄弟の嫌がらせはあまりに露骨で、証拠不十分ながら犯罪そのもの。アントワーヌの怒りに共感していたのだが、徐々に兄弟の立場から見るとどうなのか、と冷静さを取り戻していく。
インテリ都会人の上から目線、独善的な思考回路が垣間見えて、貯えを持って老後を過ごす人と、その地に生業を求めざるを得ない土着の人の世界観の違いが露わになってくる。地元民から見ればアントワーヌはこの村を脅かす侵略者だ。新参者にとって貧しい村の状況と自分の夢とのギャップに気づかないのはリサーチ不足だし、お互いに歩み寄れない男の意地の張り合いにイライラが募った。
後半は一転して残されたオルガ目線になり、夫婦の絆、母娘の愛憎が絡み合い人間ドラマの様相を呈していく。そして幕切れは呆気なくて消化不良でスッキリしないものだった。展開はやや冗長に過ぎるが、長回しによって際立つ空気感と高まる緊張感、粘着質の描き方には惹きつけるものがあった。
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