けんたろう

秋日和 ニューデジタルリマスターのけんたろうのレビュー・感想・評価

5.0
然ういふことなら俺れも早死にしたいおはなし。


偉ぶつてゐるやうで間抜けな男たちが可笑しくて堪らない。原節子にゾツコンなザマや、其の場を遣り過ごす為めの適当なハツタリなどには、頗る笑うてしまふ。矢張り大人なのは、何時だつて女の方である。
台詞遊びや、繰り返しのユウモアも亦た堪らない。とかく諧謔心溢るゝシインの数々には、ひどく笑はせられき。

歯に衣着せぬ物言ひの百合子さん(岡田茉莉子)も好い。溌剌として痛快なる彼女には、其の可愛らしいビジユアルも相俟つて、一目惚れしてしまうた。
余談であるが、少し調べてみたところ、何んと此の方、岡田時彦の娘さんであるらし。吃驚。まさか二代に亘つて、小津作品に登場せられてゐたとは。

とかく、其の物語りをテンポよく可笑しくしてくるゝ周囲には、たいへん楽しませられた。


然しながら、矢張り小津。親子の間を結ぶまこと強固なる絆と、彼女ら(特に母)の今と思ひ出とが交差したる切なき心情との表現に於いても、全く如才が無い。

先づ其の至極の風景描写。
即ち、モダンなる橋と美しき木造橋の写真とが結合せし映像に感ずる、在りし日へのノスタルジイ。然うして、何んでも無い山の描写に見ゆる、修学旅行最後の晩の寂寥感。
成るほど、何んでも無い。何んでも無いのである。然し其の総べてが、声には出せぬ母の心を代弁してゐるやう思へてならないのである。私しもう、何を見せられても涙が出づ。

加へて、其の台詞劇。
嗚呼、此の映画は、丸で胎動である。即ち、未だ家を出ぬ娘の言葉は、母の胎内に響き渡り、其の内壁に幾度も負荷を与へつゞく。然しながら、母は其れを決して避けんとせず、母性といふ強く寛大な心を以つて必ず受け止める。
嗚呼、此の映画は、丸で胎動である。私しもう、何を聴かされても涙が出づ。

然うして原節子さんの、最後の、最後の笑みよ! 娘の幸せを思ふ母の、其の寂しさと喜びとを両目に湛へし小粋なる笑みよ! 嗚呼、其の笑みの切なさたるや! 又た其の美しさたるや!
原さん、すまん。貴女が涙を我慢してゐるのに、俺れあ全く我慢が出来ねえ。

誠に喜ばしき、嬉しき、然し哀しき、切なき、──嗚呼、秋よ! 『晩春』と対を為す其の果敢なき日和に、私し、無上の美を感ず。



追伸、或いは蛇足
家族の中での服装の違ひは、矢張り世代間の断層を表してゐるんかしらん。然れば、彼れらの笑顔を交へし会話は、一入切なく感ぜらる。



①令和四年七月三日 Amazon prime video
②令和五年十二月十日 ル・シネマ渋谷宮下 九階