パングロス

秋日和 ニューデジタルリマスターのパングロスのレビュー・感想・評価

4.4
◎司葉子時分の花満開なれど原節子の美絶賛の巻

デジタル修復版(1960/2013年)による上映
*状態良好、カラーも彩度が少し低い程度で良し

再見です。

ある母子家庭、亡夫七回忌を終えた美しい未亡人(原節子)とOLの美貌の一人娘(司葉子)の結婚話をめぐるコメディ基調の作品。

モノクロ時代1949年の『晩春』は妻に先立たれた父(笠智衆)が結婚をためらう一人娘(原節子)を嫁がせるまでの話だったが、その父娘を、小津作品には稀な母娘の関係に置き換えたもの。

小津作品で娘役を演じてきた原節子が唯一母親役を演じている。

【以下ネタバレ注意⚠️】





2年後の遺作『秋刀魚の味』(2024.3.30 レビュー)も、やもめの父(笠智衆)が娘(岩下志麻)を嫁がせるまでの話である(ただし結婚した兄と未婚の弟あり)。
本作とは製作年代も近く、共通する出演者も多いため、同工異曲の姉妹作と言って良い。

『秋刀魚の味』の中村伸郎・北竜二・笠智衆のトリオが、佐分利信・中村伸郎・北竜二と一名入れ替わるが、相変わらずのセクハラ親父ぶりと、人に結婚話を持ちかけては「かき回す」役目を発揮している。
特に、結婚話を嫌う三輪アヤ子(司葉子)の話を進めるには、母親の秋子(原節子)との再婚話を進める方が先決だということになり、仲間二人から秋子の相手に目されてヤニ下がる北竜二(役名 平山精一郎)がステキに可笑しく、『秋刀魚の味』と並び北のベストアクト、本作の殊勲賞である。

また、前年の『お早よう』(2034.3.24 レビュー)とは子役が共通。
『お早よう』で笠智衆と三宅邦子の長男・次男を演じた設楽幸嗣が中村伸郎(田口秀三)と三宅邦子(のぶ子)の息子和男、島津雅彦が佐分利信(間宮宗一)と沢村貞子(文子)の息子忠雄を、それぞれ演じ、前作からの若干の成長を見せファンを喜ばせる。

笠智衆は、三輪秋子(原)の亡夫の兄、群馬の伊香保温泉の旅館「俵屋」の主人周吉。
終盤で、秋子と娘のアヤ子(司)が結婚前の周遊旅行で俵屋に宿泊する。
二階建てで修学旅行生も大勢泊まる大旅館はセットをスタジオに組んだそう(*7)で、感心するしかない。
手前の部屋で主要人物の芝居が行われている背景として、大きく開け放たれた窓の奥に、旅館の別棟が同じように開放して見える。
小津映画あるあるの、遠近法による演出だが、本作では大勢のモブがその別棟を活発に移動する様が映し出され壮観である。

冒頭、東京タワー(1958.12.23開業)を見上げるショットから始まる。

すぐに杜深い寺が映し出され、秋子の亡夫七回忌の法要シーンとなる。
シナリオでは「麻布あたりの寺」となっているそうだが、実際は高輪の東禅寺でロケ(*7)。

短い寺の居間のショットとなり、天井あたりに池の水面の揺らぎが反映する様が印象的だと観ていると、
隅田川にかかる特徴的な清洲橋が窓から見える料亭のシーンに替わり、
橋のショットから廊下のドン突きに橋の油絵を飾る料亭内が映され、
やはり、天井あたりに(隅田川の)水面の揺らぎが反映して印象を残す。

料亭は相変わらず「若松」で女将は高橋とよ。
またぞろ、悪い三人衆のセクハラ冗談の被害者を演じさせられている。
作品またいでの天丼、やめぃと言いたくなる(笑)。

寿司屋のシーンでは、男どもが意味ありげに、「はまぐり、赤貝‥」などと言うし、原節子までタラコを忌み言葉にして「タの字のつく物」と言う(女性器を連想させるからかと『大全』)し、小津の下ネタ好きにもほとほと困ったものである。

司葉子(三輪アヤ子)と岡田茉莉子(佐々木百合子)が勤める丸の内の大和商事の屋上からは、東京中央郵便局裏の赤い配送車の詰所越しに東京駅の直南あたりの鉄道が望める。
2009年の再開発にともなう局庁舎解体騒動の際、鳩山邦夫総務大臣(当時)が本作を取り上げながら解体問題を論じた毎日新聞の記事を会見で紹介したという(*1 「関連項目」)。

小津映画あるあるのラーメン屋は、暖簾に「三来軒」。
司葉子(アヤ子)と佐田啓二(後藤庄太郎)が壁側のカウンター席でラーメンをすする。

本作では、秋子(原)の亡夫三輪が生前、イギリス時代以来愛したというパイプが活躍する。

田口(中村)と間宮(佐分利)は秋子から三輪の遺品のパイプを譲り受けた。
平山(北)から秋子との再婚話はどうなったかと訊かれると、返事に窮した二人が、同じ仕草でパイプを鼻にあてる(ツヤ出しのため脂分を付けるのだとか)ポーズを取るのがステキに可笑しい。

細かいことを先に述べたが、本作の華は、何と言っても、当時26歳の司葉子(1934- )の輝く美貌である。
ハリウッド女優に全く引けを取らない。
邦画全盛期の日本は、つくづく女優大国でもあったのだなぁ、と嘆息せざるを得ない。

司葉子は、「西のオードリー、東の司」と、オードリー・ヘップバーン(1929-93)と並び称されることが多かったようだが、結婚によって、実社会でも然るべき地位を築いたという点では、グレース・ケリー(1929-82)の方が近いとも言えよう。
*司の夫は、東京帝大出で大蔵省事務次官、東京福祉大学学長、衆議院議員を歴任した相澤英之(1919-2019)。

本作の司は、時分の花の最高の美しさをみせつけるが、正直、結婚どころか恋愛に対してもオクテ過ぎて、20歳半ばの彼女の役どころとしてはカマトトが過ぎる。
実際の彼女と、作中でのお人形さん扱いとの間にかなりの乖離があるように見えてしまう。

その代わり、岡田茉莉子演ずる百合子が、かつて高峰秀子が『宗方姉妹』(1950年 2024.2.28 レビュー)で演じた満里子の延長線上にあるような、自由奔放、言いたい放題、言葉づかいも男っぽい快女子の役割を当てられている。

そして、悪い三人衆は、三輪母娘をネタに、盛んに雨夜の品定めに興ずるが、いつも多数派は、原節子(当時40歳)の秋子の方に軍配を上げる。

結局、大学教授ながら秋子との再婚話に本気になった平山は、最後の最後で振られるという道化を演じる結果となり、秋子は独り身で暮らすことを決意して終わる。

このあたり、娘を嫁にやった寂しさに老父が酔う『秋刀魚の味』の主人公に感情移入しやすいのに比べると、小津の、原節子を永遠のミューズとして守り抜きたい、誰にも渡したくないという本音が垣間見えるように思えてならない。

「東の司葉子」は、体よく、原節子のダシに使われたのではないかと疑うのである。

まぁ、そういう意味では、小津の身勝手さ丸出しの、ダメなところも拭えない作品ではあるが、コメディ調は相変わらず軽快で楽しく、全体に可愛らしく愛すべき作品となっているのは救いである。

マンネリなのに、鑑賞後感が何とも言えず良いのは、名作『彼岸花』(2024.3.25 レビュー)と同じく、脚本に里見弴の手が入っている(原作表記だが脚本製作と並行執筆)ことにもよるのかも知れない。

《参考》
*1「秋日和」で検索、配役説明が詳しい
ja.m.wikipedia.org/

*2 松竹【作品データベース】秋日和
story が詳しい
www.shochiku.co.jp/cinema/database/03373/

*3 小津安二郎の映画音楽 Soundtrack of Ozu
秋日和
小津「自作を語る」を引用、ストーリーが詳しい
soundtrack-of-ozu.info/ozu-archives/movie/257

*4 小津安二郎生誕120年
連載コラム「わたしのOZU」第10回
「私の偏愛小津映画」―『秋日和』
作家 山内マリコ 2023.10.31
www.cinemaclassics.jp/news/3545/

*5 小津安二郎:秋日和
芸術のなかの女性 夢のもつれ
◇バランスの良い総合的な紹介エッセイ
novel.daysneo.com/sp/works/episode/f95ef103e0070647245898866986eee1.html

*6 キネマ洋装店 秋日和
cineyoso.movie.coocan.jp/akibiyori.htm

*7 小津安二郎監督『秋日和』
旧作日本映画ロケ地チャンネル 2022.2.27
m.youtube.com/watch?v=qSWCyhJ4YPs

*8 生誕120年 没後60年記念
小津安二郎の世界
会場:シネ・ヌーヴォ 2024.3.2〜2.29
www.cinenouveau.com/sakuhin/ozu2024/ozu2024.html
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