クロサキ

マンティコア 怪物のクロサキのネタバレレビュー・内容・結末

マンティコア 怪物(2022年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

とても面白かったし、心を揺さぶられもしたのだけど、食い足りなさも感じてしまった。 
フリアンがなぜ女性に性的なアプローチをかけるのかが不明瞭だったと思う。
欲望を「昇華」するため?
社会にコミットするため?
自分が「マトモ」だと言い聞かせるため?

今作は「怪物」の切実な身勝手さと悲劇、そしてもう独りの「怪物」との共依存を描くが、女性達やディアナ――リアルな存在を「代償」とする前に、自身の欲望を解消する手段があったのではないだろうか。

スペインにおけるポルノ(デフォルメされたもの・写実的なものを含めた2次元。もしくは3Dも含めたフィクション)の規制事情は知らないが、インターネットを駆使するなり過去のソフト等を含めたアーカイブを辿るなりすれば、いくらでも合法的な「オカズ」が見つかると思うのだが(あるいはこういう発想は、日本の野放図なポルノ文化に浸かっているからこそ出てくる思考過程なのかもしれないが)。

本作は豊かなイメージ(リアルとバーチャル、扉、炎、絵画、ダンス etc.)に満ちている、実際のところ普遍的な作品であることは実感しているし、一つの性的嗜好を過剰にレポートすればその全般的な味わいが損なわれる恐れがあることも承知している。
しかし、フリアンの心理や孤独が、一人称的な焦点でもって繊細に描かれているぶん、踏み込みの甘さも感じてしまった。
あるいは……「扉」を蹴破って少年を火事から救うという事件をきっかけにパニック障害を起こしたことと、整理はされているが殺風景な内装(怪物のイラストやフィギュアが淋しげに飾られている)とを鑑みるに、フリアンは自身の性的な欲望をひたすらに押し殺して生きてきた(自慰行為すら禁じていた)と見るべきなのだろうか。
あるいは、対象を極めて身近に感じられなければ(ハリボテでないと実感できなければ)欲情できないとか。
読解力の低さもあるのだろうが、小児性愛者であるフリアンが現実の女性とのコミュニケーションを図るまでにワンクッション、その理由を示すような描写がほしかった。

称賛したい点は、性的嗜好をサプライズ的なフックとしては用いていなかったこと。まあ、終盤にやがて起爆するであろうスリルの道具立てとしては機能しているが、個人的には許容範囲内だった。ディアナの嗜好も同様。
また、クリスチャンの台詞が、後のあの絵へと繋がる伏線にもなっていること——何よりあの絵を観た瞬間のショットが、映画的に非常にショッキングなものとなっている様には(不謹慎ではあるが)ホラー映画的な味わいがあって、ゾクゾクした。

しかし、監督はとても誠実に題材やキャラクターと向き合っているとは思うけれど、この作品のような文脈で子役を起用・撮影することは、果たして倫理的に許されるのだろうか……
クロサキ

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