木蘭

父は憶えているの木蘭のレビュー・感想・評価

父は憶えている(2022年製作の映画)
3.7
 試練を経て生まれ変わった男が、故郷に帰還して村を浄化する、現代の聖人譚。

 ロシアに出稼ぎに出たまま23年間行方不明だった男が、記憶を全て失って故郷に帰還した・・・という状況に直面した、彼の家族や幼なじみ、村人の様子を、ただ淡々と写し撮っていく。
 何か劇的な出来事が起こるわけでも無く、23年の間に何があったのかという過去が描かれるわけでも無いし、ドラマらしいドラマは無い。シークエンスもテンポ良く切り替わるわけでも無いし、エモーショナルな展開があるわけでも無い。
 男は毎日ゴミを拾い、子供と戯れ、木々を手入れする・・・人々は日々の生活に追われながらも、困惑し、受け入れ、時に自分を取り戻して行く。
 そんな姿を、カメラは村の木々の間をたゆう風の様に、ゆったりと漂い、眺め行く。
 「俺は一体なにを見せられているんだ?」と思いもするのだが、画面がエンドロールに変わった瞬間、フッと心が風に流されていくような・・・聖なる物に触れた様な感覚におちいる。そんな映画。

 キルギスの自然は勿論、建物や家具、服装や食事など、村の生活の様子がカメラに写し撮られ、興味深い。
 また、政治的混乱、汚職、ゴミ問題、外部の宗教勢力の浸透・・・といった社会問題が、時折、作品中に差し込まれる。状況に通じた人が観ると、日本人には分かり難い暗喩的表現を見て取るのかも知れない。
 丁度コロナ禍の最中での撮影だったのだろう・・・エンドロールから感染対策を行った様子が読み取れるし、劇中でも登場人物たちがマスクをしている姿で登場もする。
 正に2022年のキルギスの風景を写し撮っている・・・という点で、後々見返しても見所の多い映像作品だと思う。
木蘭

木蘭