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殺しを呼ぶ卵 最長版のnetfilmsのレビュー・感想・評価

殺しを呼ぶ卵 最長版(1968年製作の映画)
3.6
 ローマ郊外にある巨大養鶏場では3万羽の鶏を飼育している。粉砕機で粉々にされ、重いローラーで運ばれて来る飼料を3万羽の鶏が我先にと啄んでいる。この養鶏場を営むマルコ(ジャン=ルイ・トランティニャン)はイタリアの養鶏業界の名士として知られていたものの、実際の経営の実権と財産は妻アンナ(ジーナ・ロロブリジーダ)が握っており、ひたすら飼い慣らされているだけだ。実権を握る女とまるで力のない夫との対比。マルコはそんな妻への鬱憤を晴らすべく、夜な夜な娼婦相手に異常な性愛を繰り広げる。冒頭からサディスティックでショッキングな場面が次々に登場する。90年代的に言えばまさに「モンド」な映画だ。1968年と言えばアメリカではニュー・シネマの時代がスタートし、フランスではヌーヴェルヴァーグの時代が終焉を迎えつつあった。泥沼化するベトナム戦争の厭世観が若者たちをドラッグやフリー・セックスに走らせ、ヒッピー・ムーブメントが鮮やかに花開いた奇跡のような瞬間だ。マカロニ・ウェスタン全盛のイタリアでも狂ったようにB級サスペンス映画が次々に量産された時代だ。マリオ・バーヴァやルチオ・フルチ顔負けの残酷描写と心底とち狂ったショッキングな編集の数々は68年ならではの手捌きだ。私がVJなら冒頭の数分間だけを延々とループさせ、白昼夢のような狂気の世界を作るだろう。

 この仮面夫婦の只中に、自動車事故で両親を失ったアンナの姪ガブリ(エヴァ・オーリン)が割って入るのだが、ニヒルで男前のマルコは若きガブリにも手を付けてしまうのだ。『CANDY』で一躍セックス・シンボルに躍り出たエヴァ・オーリンのキュートなブロンド姿がコケティッシュで最高に可愛い。去勢されたジャン=ルイ・トランティニャンの孤独な病巣は妻との子作りに一向に励むことはなく、ひたすら外の世界の女性へと当てつけのように加えられて行く。昼間は3万羽の鶏たちをひたすら交配させながら、夜な夜な繰り広げられる愛欲の果ては実を結ぶことがない。そのサイコパスな加虐性は火曜サスペンス劇場顔負けだ。意味のない生産を繰り返す鶏と何も産み出さない人間との対比、そして大量消費社会の到来を半歩先読みした痛烈な社会批判はその加虐性溢れる演出とトーンがまるで調和していないところも凄い。遺伝子組み換えへの言及の先見の明にも触れねばならないだろう。食用に特化した鶏を生み出そうとする実験室でのマルコの怪しい動きは、この世に産み落とされてしまった自身の悲劇をひたすら反芻する。一見表向きは雇用主と労働者との対立を露にしながらも今作で印象的なのは、マルコの首根っこを牛耳るかに思えたアンナの寂しげな焦燥を僅かだが映し出す。一つ屋根の下に暮らしながら第六感の働かぬアンナの愚かさと共に、真実を聞かされた彼女の悲哀ばかりがショッキングに映し出される。明らかに万人受けしない映画だがその1点にこそ意義が感じられる。
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