自分がこの世に産まれたのと同時に、母親が亡くなった。物心が付いた時に母親は居なかったから、母親の事を何も知らない。にも関わらず、母親の命を奪ったとして、自分を責め続けた父親が居た。そんな父親から受け継いだ仕事を、今も続けている自分が居る。職人として、伝統ある誇ある仕事をしているにも関わらず、自分の事を認める事が出来ない、父親の呪縛から逃れる事が出来ない自分が居る。
そんな自分の事を理解し、優しく包み込んでくれる妻が居る。妻が居てくれた事で、救われた自分が居る。そんな妻も、人生の残された時間があと少し。妻の事を大切に思い、愛している気持ちに嘘偽りは無い。でも、自分の正直な気持ちを押さえきれず、妻を裏切る自分が居る。亡くなる前に、その裏切りをも認めて、許してしまう妻が居る。あまりにも強過ぎ、心が広過ぎである。愛が全てを超越してしまったのだろうか？
