なべ

薔薇の名前のなべのレビュー・感想・評価

薔薇の名前(1986年製作の映画)
4.2
 大好きなのに家のライブラリにはない悔しい一本。ショーン・コネリーを追悼したくてレンタルして観た。
 これこれ! このタッチ。久々に見る一癖も二癖もある連中にしばし酔いしれる。思えば、ロン・パールマンを初めて観たのがこの映画だった。てっきり本当にこんな人なのだと思い、海外は役者の層が厚いなあと感心したものだ(もちろん抜けた歯も背中のコブもメイクなんだけど)。

 老アドソのモノローグで始まる高尚な文芸作品っぽいオープニング。要塞のような修道院のいかつい外壁を見上げるショットにゾクゾクし、荘厳な教会内部のディテール(実在する修道院)に圧倒される。けれど、ウィリアムが喋り始めると、「あら、主人公はシャーロック・ホームズなのね」と瞬時に作品の本質がわかるのがスマート。最短距離のあからさまさ。バスカヴィルのウィリアムって呼び名がもうホームズだしね。
 そう、薔薇の名前は中世の修道院を舞台にしたアブダクションミステリーだ。本作で描かれる謎解きはとても理知的。信仰と知識、正統と異端、論理と衝動、そうしたベクトルの異なる要素をコントラスト強く描き分けながら、ウィリアムは隠された真実に迫っていく。と同時に、過去のしくじりが再び彼を追い詰めるという二段構え。
 全編を彩るキリスト教的世界観の異様さ(素晴らしさ)も見どころ。今よりもっとものものしくてヤバかった頃のキリスト教が下味にも素材にもふんだんに使われてて、危険で、不穏で、おどろおどろしいムードに満ち溢れている。ほんと好き。ホラー好きな人はぜひ見て!ホラーじゃないけど。
 一応、清貧論争、異端審問あたりは下調べして観た方が2倍も3倍も楽しめるけど、知らなくても話は追える。
 見どころは、なんといっても知性あふれるウィリアムが、自らの欲望を抑え切れないところ。目をキラキラさせて落ち着かない様子がとてもコミカルなのだ。とにかく図書館に入りたくて、論理の飛躍が見られるほど。食い気味に「だから図書館に!(だからじゃないから)」っていう時の顔ったらw 餌を目の前に尻尾振りまくる犬みたいな顔してるから。知性あふれる人間が衝動的になる時ってほんと尊い。てか愛しい。
 あるいは火の手の上がった迷宮のシーン。命の危機が迫ってるのに膨大な禁書をなんとかしなきゃというジレンマ。溢れんばかりの稀覯本を目の前になす術のない絶望がうまー。ぼくはいつもこのシーンで胸が痛くなって泣きそうになるんだけど、友人は大爆笑! そんな反応があったとは。確かに滑稽なのだ。理知的な者が情けないほど人間らしく苦悶する様子は悲しくもおかしい。このクライマックスのショーン・コネリーのチャーミングさは追悼するのにもってこい。007シリーズよりも薔薇の名前で彼の持ち味を存分に味わって欲しい。メシが何杯も食えるから。

 実在した異端審問官のギー(実際にはここまで悪党ではなかった)もちゃんと出てくる。どす黒い悪役として、事件を大きくミスリードする役をF・マーリー・エイブラハム(アマデウスのサリエリね)が演じていて、偽りのクライマックスを大いに盛り上げる。この辺の混乱というかカオスっぷりがたまらないんだけど、注意深く観てない人には複雑に見えるのかもしれない。
 裏では、凶器、犯人、動機と、真相に地味に迫っているのに、表では悪魔崇拝者(誤認)の処刑という醜悪な見せ場が盛り上がるって演出。ひっそりと明らかになる真実がこれまた知的だ。この著しいコントラストの付け方が鳥肌もの。派手と地味のダブルの効果で身がよじれそう。
 そんなにおもしろかったっけという方は再トライする価値はありますぜ。観たことのない人は中世のキリスト教などを予習の上観てみて。
 クリスマスに血塗られたキリスト教世界観に浸るってのもなかなかおつなものですよ。
なべ

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