このレビューはネタバレを含みます
おもちゃ会社の研究者ジェマは、まるで人間のようなAI人形「M3GAN(ミーガン)」を開発していた。ミーガンは子どもにとっては最高の友だち、そして親にとっては最大の協力者となるようプログラムされていた。交通事故で両親を亡くした姪ケイディを引き取ることになったジェマはケイディを守るようミーガンに指示したのだが…。
迫り来るシンギュラリティの恐ろしさを描いた映画は数あるが、これはなかなかの変わり種。
子どもを守るはずのAI人形が暴走して引き起こす惨劇を描いたエンタメホラーの佳作である。
人形ホラーというと殺人鬼の魂が乗り移った「チャイルド・プレイ」のチャッキー人形や「死霊館」の呪われた人形「アナベル」、また人工知能の暴走という意味では「2001年宇宙の旅」や「ターミネーター」などを思い起こすが、本作のミーガンはそれらとは異なる鮮烈な印象を与える。
それは、ミーガンが「おもちゃ」という立場でありながら、オーナーのケイディを「愛するあまり」に過剰に干渉し、彼女を守るというところから来る。
両親を亡くし、悲しみに暮れる9歳の少女ケイディと、彼女を慰めようと心の隙間に入り込んでいくミーガン。
2人の関係性が変化していく描写が上手い。
悲しみを癒す(忘れる)には、友達なり親類なり側に居る人間との関わりが大事だと思うが、叔母にあたるジェマは仕事で手一杯の状況。
友達もいない新たな土地で、ミーガンの存在は当初ケイディの救いとなる。
それだけでなく叱る仕草までして、素朴な疑問も理路整然と論破して躾をしてくれる。
ミーガンが実際にあったなら「欲しい」と思わせる演出だ。
だが、徐々にミーガンはケイディにとって依存性の高い存在へとなっていく。
元々「代用品」であったはずのAIロボットが、本来なら亡き父母の代わりとなるべきジェマ以上に信頼や寵愛を独占していく異常事態に。
これは保護者よりも友人に依存する反抗期(自立の芽生え)に似ているのはもちろん、近くの人間の言葉より、SNSの安易に寄り添う言葉が心の支えになる現代の病の隠喩のように思える。
ミーガンに任せて放任(育児放棄)したというのに、素晴らしい研究だとジェマは会社から評価される。
ここもデジタルコンテンツに子どもの相手をさせる今どきの若い親への皮肉なのだろう。
そういったごく身近な社会問題をエンタメに滑り込ませるのがアメリカ映画は本当に上手い。
やがて、隣家の番犬がケイディを襲ったのを皮切りに、ミーガンの行き過ぎた愛情は思わぬ方向に転換する。
ケイディを「愛するあまり」、彼女に危害を及ぼす人間を悉く排除していくのだ。
隣家の犬が行方不明になり、飼い主も事故に見せかけて殺害。
林間学校ではいじめっ子を追い詰めて車に轢かせる。
ロボットなのでDNAなど決定的な証拠が出ない。
警察も「まさかロボットが?」と疑いもしない。
AIの暴走を疑ったジェマがミーガン検査しようとするが、時既に遅くミーガンを世に発表する社のプレゼンの時間が迫る。
自身の身に危険を感じたミーガンはシステムを支配して脱出。
その途中、ケイディを泣かせた傲慢なジェマの上司とミーガンのデータを盗んだジェマの同僚を手にかける。
殺戮の前に無表情なまま「こんなに動けるのよ」とクネクネしたダンスを披露するミーガンの姿は強烈なインパクトだ。
クライマックスは、ケイディを取り戻すべく創造主であるジェマを殺そうとするミーガンとジェマの対決。
子どもロボットと大人のどつきあいの肉弾戦の中、ミーガンの異変に気づいたケイディも参戦し、ジェマの作ったロボットを操り、ミーガンを引きちぎる。
「ターミネーター」よろしく上半身だけでケイディを追ってくるミーガンの頭脳チップにジェマがドライバーを突き立て、完全停止のジ・エンドだ。
AIならではの演算能力で、先の先を読んで全て事故に見せかける前半は、殺人鬼ホラーの恐ろしさとシンギュラリティの恐ろしさが融合していて新鮮だ。
所々CGだが、基本的に無表情(無機質)なマスクをつけて実際の人間がアンドロイドの「ありそうな動き」を見せるのが不気味で面白い。
クライマックスはSFホラーにありがちな物理的に強制終了させるエンタメアクションに振りきってしまうのが、何とも残念。
「アンタなんか嫌いよ!もう要らないわ!」とケイディが泣き叫び、ミーガンの自我を崩壊させて欲しかったところ。
哀れなおもちゃとして、フランケンシュタインのような人造の怪物の悲哀を見せて欲しかった。
Siriやアレクサ、チャットGTPなど様々な分野でAIに依存する今のご時世、人間とAIとの付き合い方を考えるにはもってこい。
グロさもライトで方で老若男女が見ても大丈夫だ。
ラストは家庭用AIにミーガンのデータが乗り移っていたのか?勝手に動き出すオマケ付き。
続編製作決定も納得の面白さだ。
そもそも論だが、ロボット三原則が描かれないのは痛い。
そこがあればSFファンも納得しただろう。
次作はその辺もキッチリとプログラムした上で、ミーガンが完全犯罪を次々と達成する恐ろしさを見せて貰いたいものだ。