ヨーク

おばあちゃんの家 デジタル・リマスター版のヨークのレビュー・感想・評価

4.2
これは良かったですねぇ。良かったけど激しく他人にオススメするとかそういう感じではなくて、自分の中でしみじみといい映画だなぁ…と反芻するような映画であったな。いやでもそういうしみじみ感もありながら、何なのこれ? マジなの? みたいな衝撃もある映画でそのどちらの面から観ても面白い映画でしたよ。
お話はどうということはない。なんか母子家庭っぽい母と5~6歳くらいの息子がいるんだけど、母親が職を失って就活をするのでその間の二か月間だけ実家に息子を預けるという話。『おばぁちゃんの家』というタイトル通りにその田舎のおばぁちゃんの家でソウル育ちの我儘ボーイと田舎のおばぁちゃんとの触れ合いが描かれる、というものですね。
お話はマジでそれだけなんだよ。おばぁちゃんが病気になるとかガキがお母さんに会いたくてソウルまで自力で行こうとするとか、そういうありそうな展開は全くない。田舎でババァとガキが暮らしてるだけ。でもその描写が凄まじく良い映画なんですよね。まずびっくりするけど、さっきから田舎田舎と書いているが本作の舞台になる田舎の田舎度が凄い。電気はギリで通っているがガスはなくて水道も恐らくないんじゃないかな。トイレも当然汲み取り式。テレビとか一応あるんだけど電波が来ていないのか何も映らない。流石に水道がないのはヤバすぎないか? と思うのだがおばぁちゃんはルーチンワークとして川まで水を汲みに行くという描写が何度もあるので多分本当に水道がないのだろう。
そのレベルの田舎ってちょっと現代感覚では信じられなくないですか? 先日観た『土を喰らう十二カ月』も長野のクソ田舎でジュリーが生活してる映画だったけど流石に水道と電気とガスは完備されてたからな! 一応2002年の映画みたいだが舞台は50~60年代くらいなんじゃないの? と思ってしまう。だがゲームボーイみたいな携帯ゲーム機があったりするから少なくとも設定としては90年代以降ではあるんだろうな…。いやまぁまずはその辺で驚くよな。最初に書いた衝撃というのはまぁそういう描写への衝撃ですよ。だってタイトルでもあるおばぁちゃんが住んでる家とか現代劇で出てくる家に見えないもん。日本でいうなら江戸時代の末期とか明治期の田舎の住宅くらいの素朴…いや素朴というかそれくらいの文明度なんだよ。
んでお話の流れとしては都会っ子のガキが田舎で自分を世話してくれてるおばぁちゃんに全然懐かずにワガママ邦題で、何だよこのクソガキは! となるんだけど徐々におばぁちゃんの優しさに気付いていき…っていうベタな流れになるわけだが、いやでもぶっちゃけこんだけ不自由な環境の家に連れてこられたらこのクソガキが駄々をこねるのも分かるよ、とガキの方に感情移入してしまうところが結構ありましたね。ちなみにおばぁちゃんは耳は聞こえるんだけど話はできないという設定なので孫であるクソガキの文句は理解できるけどそれに対して何も言えないのである。そして何も言わずにただひたすらクソガキのために身を粉にして尽くすのである。こんなクソガキ張り倒してやればいいのにとも思うがおばぁちゃんはそんなことしない。ケンタッキーのチキンを食いたいと駄々をこねられたらケンタッキーフライドチキンがどんなものなのか知らないけど、とりあえず鳥を一羽絞めて丸ごと煮込んで食べさせてあげようとする。鳥を一羽丸ごと煮込んだ料理なんて美味いに決まってるのにクソガキはこんなのフライドチキンじゃないやい! と言って泣き喚くのだがおばぁちゃんは悲しそうな顔をするだけで一切怒ったりはしない。
その辺が凄い映画なんですよね。ガキとおばぁちゃんが真っ向からぶつかって世代を越えてやり合いながらも最終的には和解する、みたいなプロットのお話はたくさんあるだろうけど本作ではひたすらおばぁちゃんが孫を受け入れるだけなんだよ。そしてここが凄いんだけど上記したようにおばぁちゃんは喋れない設定だからセリフもないままにそれらを飲み込んでいくんだけど、その包容力に対して説得力というか納得するしかないおばぁちゃんの顔や佇まいが凄いよ。上でクソ田舎の描写が凄いと言ったが、背景だけでなく登場人物の顔が凄い映画なんだよな。もちろんおばぁちゃんに反抗するクソガキの描写も凄い。めっちゃムカつく。そして何よりも映画の冒頭で田舎に向かうバスの中で身を寄せ合いながら下らない話で盛り上がってガハハと笑い合う現地の住民たちの顔と雰囲気も凄いんだ。その冒頭の描写で完全に心を掴まれてしまったからな、俺は。
よく目は口程に物を言うとか言うけどさ、言葉がなくてもその人の顔が何かを語っているというのはあって、それでいくと本作のおばぁちゃんは口をきけない設定だけどホントに雄弁に孫への気持ちを語ってるんだよな。それが伝わってくるので凄い映画ですよ、これは。後半のシーンは露骨に泣かせに来てるなー、と思いながらもグッときてしまった。
ただその泣かせのシーンよりも、そのあとにおばぁちゃんが自宅へと帰る道でキアロスタミを彷彿させるようなつづら折りの坂道を登ってるシーンは本当に素晴らしかったな。めっちゃいい映画でした。機会があればじゃなくて機会を作って見ろ、と言いたくなるくらいではあったね。
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