リコリス

シモーヌ フランスに最も愛された政治家のリコリスのレビュー・感想・評価

4.8
フランスで22年度に最も観られた映画、ということが、不寛容と分断が立て続けに起きている今の時代の救い。

フランスの3人のシモーヌ。哲学者と、女性解放活動家(だけに留まらないが)と、政治家と。共通するのは人間の尊厳を
訴え、社会に影響を与え、女であることに誇りを持たせてくれること。

シモーヌの人間の尊厳を守る情熱の底にある絶滅収容所体験。ハサミで髪を切られ、スプーンすら与えられず、ベルゼンまで零下の雪原を死の行進。
シモーヌが検挙されてから1年と少し。その間にどんなに愚かで恐ろしい悪行が行われ続けたか。ナチスのユダヤ人排斥は更に数年前から起きていたが、たった1年と少しの間に数え切れない人々が絶望の中で亡くなっていたことに、背筋がゾッとする。

それなのに、再び何度となく繰り返される人間の悪行。国内刑務所で、受刑者更生施設で。アルジェリアで、ボスニア・ヘルツェゴビナで。また弱者を踏みにじる強者。妊娠中絶、AIDS、移民、それに収容所体験を語ることを沈黙で拒否して無かったことのように扱う世間。

アントワーヌすら初めはシモーヌに家事育児、社交的な家庭婦人の役割を選ばせた。

人間の存在自体が恐ろしいほど悪を生み出す。身震いするくらい、この映画の中で見せつけられる悪の数々。しかしシモーヌのような人々の存在が人間を本来の人間の善性(と、信じたい)へと押し戻す。善と悪が果てしなく線のように向かいあって並べられていく、闘いのような日々の営み。

歴史と個人の記憶。記憶は、その人を作り、生き方となるが、その死で消えてしまう。だが言語、書物は残る。だから記憶は消えない。
映画での言葉も沢山の人々が記憶して帰る。私もです。
リコリス

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