Hiroki

それでも私は生きていくのHirokiのレビュー・感想・評価

それでも私は生きていく(2022年製作の映画)
4.0
2022カンヌコンペ作品。
いやーここにきて昨年のカンヌコンペのオンパレード。
今年のカンヌがすぐそこまできている。

主演は近年のカンヌのミューズとなっているレア・セドゥ。
今作以外にも昨年のデビッド・クローネンバーグ『Crimes of the Future』、
一昨年のウェス・アンダーソン『The French Dispatch』、イルディコ・エニュイディ『The Story of My Wife』、ブリュノ・デュモン『France』とカンヌコンペ作品に出演しまくっている。
まさにフランスを代表する俳優。

クリエイターのミア・ハンセン=ラブは基本的に身近な人の実体験に基づくキャラクターを反映させた物語を作り続けているが、今作はまさにそのど真ん中の自分自身に基づく物語。
父の介護とその時の恋の物語。
これ原題は『Un beau matin』=「ある晴れた朝」みたいな意味だけど、邦題の『それでも私は生きていく』もなかなか良いと思う。
主人公のサンドラ(レア・セドゥ)はかなり過酷な状況に身を置かれていて、目が見えない父ゲオルグ(パスカル・グレゴリー)の介護をして、小さい子供を1人で(夫とは死別)育て、通訳の仕事に奔走し、妻子ある昔からの友達クレマン(メルビル・プポー)と恋に落ちてしまい不倫関係になる。
なかなかに地獄の状況。
ただミアはこれをキャラクターに感情移入させずに、丁寧にフラットに描いていく。

まーここらへんの描き方というが彼女の特徴で、例えばクレマン。
実際彼のやってる事は普通に考えたら最低なんですよ。妻子ある身でサンドラを好きになり不倫して、でも妻子も捨てられない。でも君も愛してると。
クズ男の常套句ですが...
ここでクレマンの妻を全く出してこないという演出もそーなんだけど、全編を通してクレマンから感じるのは純心と愛なんですよ。
ミアはこれは「キャラクターを断罪させたいわけじゃない」と話してましたが。
要は描きたいのは苦悩なんですよね。
絶望にも近い状況の中でわずかに見える希望の光。
しかしそれは本当に細くて不確かな光。
でもそれにすがるしかない。
そーいうサンドラの気持ちが痛いほどに伝わってくる。

もう一つミアが話していたのが「早い段階でクレマンが妻子と別れてサンドラと一緒になるのは露骨すぎる。彼のプロセスはもっとゆっくりと苦しいものでなければならない。」
個人的に彼女の映画を観ていていつも感じるのが怖いなーという感情。
全くそーいう意図をもって作ってないと思うのですが、それが逆に怖い。
善悪という通常の判断基準を逸脱して、人間の心のコアを丸裸にしてしまっているような畏怖がある。
でもだからこそ彼女の作る物語に惹かれるのだと思う。

そして最後は暗闇と光。
全編を通じて、真夜中に真っ暗な室内を映すシーンが非常に多い。
さらに目の見えない父ゲオルグの真っ暗な世界。
意図的にこの暗闇というイメージを作っているように思える。
そして原題にもある朝が象徴するような光のシーン。
特に印象的なのはやはりラスト。
ここはミアが尊敬するロメールの『緑の光線』にもインスパイアされている。(ちなみにロメール作品の常連パスカル・グレゴリーを起用しているのも示唆的。)
なんの変哲もない3人のシーンだけど、光をモチーフに「それでも私は生きていく」と力強く前に進もうとする女性の姿は、まさにミア・ハンセン=ラブからの強いメッセージのように感じた。

そしてもはや定番の35mmフィルムの美しい映像と劇伴を使わない親密な音楽。EDのBill Fay『Love Will Remain』は最高。

彼女のクリエイティブの全てが見事に重ね合わさってアップデートされている。
そんな素晴らしい映画でした。
ミア・ハンセンのラブは個人的にそろそろ3大映画祭の最高賞取りそうな気がしているのですが...

2023-30
Hiroki

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