わしみや

ゴジラ-1.0のわしみやのネタバレレビュー・内容・結末

ゴジラ-1.0(2023年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

ずっと期待をしていたゴジラ映画の新作。楽しみ半分、裏切られたらどうしようという不安半分で公開二日目に劇場へ。見終わった感想は「とっても良かった!」
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「シン・ゴジラ」の完成度があまりにも高すぎて、昨今は怪獣映画を撮るというだけで「シン・ゴジラより面白いの?超えられるの?」という高すぎるハードルが現れてしまっていると感じていた。事実間違いなく多くの映画がそのハードルを越えられずに激突していたと思う。しかし、今回の「ゴジラ-1.0」はそのハードルをしっかりと超えてくれたと感じる。しかも「シン・ゴジラ」とは異なる、山崎貴監督らしいハードルの飛び方をしてくれた。
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どちらかというと人間を俯瞰で眺めていた「シン・ゴジラ」に対し、人間にフォーカスを当てて撮られていたのが「ゴジラ-1.0」だった。山崎監督も「ゴジラvs日本」ではなく「ゴジラvs人間」を撮りたかったらしい。だからこその国家に頼らず民間でゴジラに挑むという展開だったのだろう。戦後という山崎監督が得意な設定を存分に活かした展開だったと思う。途中、戦争賛美の方向に向かってしまうのかと思ってしまう部分もあったが、海神作戦前日の野田の言葉や水島を船に乗せないという秋津の想いを見てそれは杞憂だと気づくことができた。これは戦争への反省の映画でもあるのだなと。
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そんな中で特攻隊の生き残りという十字架を背負った敷島の最後のゴジラへの攻撃、それから橘や周りの人間たちの思いには涙が出てしまった。(ああいうのに弱い)
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一方で少しだけ個人的に残念だったのは典子が生きていたこと。典子が死んでいたからこそ最後のゴジラへの特攻は胸に迫るものがあったし、一瞬だけ映る典子の写真が大きな意味を持ったのじゃないか。生きていた方がハッピーエンドには違いないが、なんだかこういうところが「三丁目の夕日」とかを撮ってきた山崎監督の優しさなのかなと思ってしまった。果たしてその優しさって必要だったのだろうか。典子が生きていた後に、ゴジラの再生を映すことでより一層の絶望感を与える意図があったのだとしたらそれはそれで怖すぎる。
わしみや

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