熟睡

ゴジラ-1.0の熟睡のネタバレレビュー・内容・結末

ゴジラ-1.0(2023年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

アカデミー賞受賞をきっかけに、映画館で映像を楽しむつもりで滑り込みましたが、ストーリーには疑問符が多々浮かぶ作品でした。

(特に気になった点)
①登場人物の心情の変化や、ゴジラが変形する動機が薄い、またはわかりにくい。

特に重要なシーンであると思われる、主人公敷島(神木隆之介)がずっと抱えてきた特攻隊や大戸島での経験を同居女性ノリコ(浜辺美波)に打ち明け、もう発狂のように慟哭するシーンでは、主人公が長年深い苦しみの只中にいることがわかるのですが、
シーンが切り替わり翌朝になると、ノリコと幼な子が台所に立つ姿を見て、急に微笑み「生きたい…」となるのが最大に「なんで?」となりました。
(こういうシーンが多く、引っかかっていると集中できない)

ゴジラの背びれ(?)がジャキンジャキンと青く光って突き出る演出はカッコよかったですが、なんだかきっかけが薄かった。
あの巨船一艘を一撃で沈めるゴジラにしたら、戦闘機での銃撃なんてかすり傷程度だと思うのに、些細なきっかけで背びれが発動してたので、もっとゴジラが追い詰められたり、怒りが湧いてから変形する方がよかったかな。

②敗戦のリベンジとしてのゴジラ討伐でいいの?

特にこちらは、映画を貫くテーマでもあったと思うので、最終的に主人公が生き残ることを選択する結末であったとしても、結局人々が文字通り命をかけて闘うシーン(戦争のリベンジ)を見せ場としていることに大きな矛盾を感じました。

反戦なのか、命をかけた戦いがかっこいいのか、どっちなの?という感じ。

ゴジラ討伐作戦参加者が、「死を覚悟しろということか?」と問うと、吉岡秀隆さん演じる学者が「一人の犠牲も出さない作戦(?)」とのフレーズで否定するのですが(一瞬コトー先生がよぎる)、
フィクションとはいえ今も戦争がなくならない世界においては"誰一人命を落とさない戦争"というのはファンタジーが過ぎるし、犠牲者を出さないための策も作中では一切触れられませんでした。

作戦前日に佐々木蔵之介が「未来はお前たちに任せた」のような遺言めいたセリフを言うことや、生き残らせるために山田裕貴の作戦参加を認めなかったことからも、玉砕覚悟の作戦であったことは明らか。
学者からは「作戦が成功したら奇跡」のセリフもありました。

戦争で"生き残ってしまった"ことに後ろめたさを抱えた人たちが、今度こそ"命をかけて敵を倒すぞ!"とゴジラ討伐のために生き生きと働く姿を、どういう気持ちで見ればいいのかわかりませんでした。

山田裕貴が結局、作戦のピンチにかけつけて「もう役立たずとは言わせない!」的なことを言ってましたが、命懸けの戦場に参加する=役に立つ、なのか?武力で闘ってこそ一人前の漢、ってこと?
結局は死を厭わない闘いをかっこよく感動的に描いている点に、戦争を悔いて生きることにこだわる映画のメッセージとの乖離を感じました。

そもそも終戦直後を舞台にしていながら日本政府がまったく出てこず、「政府がやらないなら民間で闘う!」→「勝った!全員生きてる!」で、めでたしめでたしなのか…?
敷島の最後の突撃がうまくいってなかったら全員死んでいた流れを思うと…。
最後の最後で浜辺美波の犠牲もなかったことになり、ハッピーエンドなんだろうけど…、武器を持って闘うことの悪い面に蓋をしてしまったような。

「情報統率は日本のお家芸」等々の明確な政府批判的セリフが何度かありましたが、批判されるのは日本政府だけなのか…?
戦争にははっきりNOと言わない姿勢にモヤモヤしました。(まぁそれ言っちゃったらゴジラと闘えないんでしょうけど)

ところでゴジラに全員やられそうになったときに、一瞬みんな厳かなムードになって、人によっては脱帽したりして、無音になるシーンがあるのですが、この映画でのゴジラって結局自然の脅威的な扱い?
その辺もよくわかりませんでした。

完全にエンタメに振り切ってくれれば、もっと純粋に胸熱く涙することもできたと思うのですが、敗戦日本と絡めてしまったが故に、物語の軸のブレが最後まで違和感として残りました。
敷島の生存がわかったときは涙出ましたが。

映像については、事前にYouTubeのメイキングで、どこがCGなのか把握してから鑑賞してよかったです。
映像技術については門外漢なので、個人的にはアナログと組み合わせた努力が垣間見えた点が面白かったです。
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