ジェイコブ

ソフト/クワイエットのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

ソフト/クワイエット(2022年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

アメリカの郊外にある幼稚園教諭のエミリーは、白人至上主義者の裏の顔があった。彼女は同じ思想を持つ6人の女達と共にアーリア人の団結をめざす娘たちという白人至上主義者の団体を結成する。第一回の会合が教会で開かれ、有色人種や移民に対する差別トークで盛り上がるも、神父から追い出されてしまった一同。エミリー家で二次会を開催することになるが、途中近くにある仲間のキムが経営する店に立ち寄るが、そこで些細な事からアジア人の姉妹と口論となってしまう。怒りが収まらないエミリー達は、姉妹への復讐のため、面白半分で姉妹の家を荒らす計画を思いつくのだが……。
ザ・ハントやブラックフォンで知られるブラムハウス最新作。ネオナチ中年女性達による地獄すぎるオフ会がきっかけで、どこにでもいるごく普通の人達が、ヘイトクライムへと暴走していく姿が描かれている。極限状態に陥った時の人間模様や集団心理がよく表れており、ドストエフスキーの悪霊を彷彿とさせる。
会のメンバーは幼稚園教師や子持ちの母親、移民に出世のチャンスを奪われ憤る低所得者層に、父の代からKKKのサラブレッドであったりと様々だが、皆どこにでもいるごく普通の中年女性である。彼女達に共通するのは、社会に希望が持てず、心に満たされない孤独を抱えているということ。口では威勢がいいのに、終始受け身で土壇場で何もできないマージョリーみたいな人は特に多い気がする(これじゃ指導力がないと言われて出世を逃したのも納得だろう)
リーダーのエミリーも、夫のクレイグの助言に耳を傾けず、会の中で最も過激でイカれたレスリーに引っ張られてしまい、最終的に従ってしまう気の小ささには呆れてものも言えなくなる。エミリーの場合、ヘイトに走らせているのが不妊治療に悩み、アジア人女性を強姦したのが原因で服役した兄の存在が大きい。しかし兄は無実だと口では言いながらも、兄からの電話には一向に出ようとしない事を見ると、ヘイトは彼女にとって辛い現実を忘れるための気晴らしに過ぎないのかもしれない(短絡的馬鹿なのは確かだが)
全編ワンカットで撮っていることに加え、音響もエミリーの心情に合わせた使い方をしており、緊迫感の巧みな演出が素晴らしい。
またタイトルは中々皮肉が込められているのも良い。会の当初の目標であった慎重(ソフト)に、そして静か(クワイエット)に社会に思想を広めていくはずだったが、感情論に流された結果計画から実行に至るまで、すべてが雑に終わってしまう。彼女達の末路は本作では描かれなかったが、あれだけ大切だと言っていた家族や仕事は失われ、手元に残ったのはつまらない自尊心と取るに足らない思想だけなのは容易に想像できる。
今年のアカデミー賞からも見て取れるように、アジア系の人々の存在感が高まっている昨今。そのため本作は、有色人種に対するヘイトが高まっていると言われているアメリカだけでなく、世界全体で広がっているヘイトクライムの根底にある闇に切り込んだ作品と言えるだろう。