べらし

ソフト/クワイエットのべらしのレビュー・感想・評価

ソフト/クワイエット(2022年製作の映画)
3.6
(注: 長いよ)

実に嫌な映画ではあるんだけど、その嫌さはそこまで非凡ではないかな
いや、というのは既視感のあるシーンがそこらに出てくるからで
ハーケンクロイツ入りの手作りパイの見せ方は『ジェーンに何が起こったか?』のネズミソテー
「誇り」のために非合理な選択をするのは『牛泥棒』の怒れる群衆
泣いたり笑ったりコロコロ情緒の移り変わる白人女性は30年代のスクリューボール・コメディのヒロイン

そしてコミュニティの共通の課題のために会合を持つ(相手の話に耳を傾け、決して否定しない)のはおよそ70年前、戦争に敗れたわれわれの父祖が畏怖と憧憬を持って見上げたアメリカ民主主義のそのいちばん草の根の姿である

この映画がやっていることは、そういった白人たちが無意識に内面化してきた儀礼や感情の表現方法を有徴化して一種のグロテスクな笑いと戦慄に転換することで、たとえばジョーダン・ピールなんかのアプローチとはまったく違うやり方だけれども実に成功していると思う

しかしまあ、わたしはあまり笑えないね
この映画の登場人物は完全に誤った方向性ではあるが、少なくとも(最初の30分くらいは)白人社会で受け継がれてきた一連の手続きを遵守し、互いの個人的トラウマを通じて問題意識を共有しようとしている

しかるに、海を隔てた極東の小国ではどうだろう
こういった妄言を撒き散らす人間というのは現実社会で特に困ったこともない、したがって同好の士と交流を持とうとも思わない、意地悪く歪んだ口元と卑しい目付きののっぺらぼうばかりではないか??

われわれはここに出てくるより遥かに歪んで、サディスティックで、純粋な悪意に塗れた、相互扶助と思いやりの建前すらない社会に生きている
構成員ほぼ全てが大なり小なり、この映画における「怪物」である社会
だから、言い方は何だが、最初のほうのやり取りなどはある種の羨望を持って見つめてしまうわけだ

ああ、民主主義ってのはいいものだね、と
べらし

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