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名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)のbackpackerのレビュー・感想・評価

3.0
◾︎劇場版名探偵コナン第26作

【作品情報】
公開日   :2023年4月14日
作品時間  :109分
監督    :立川譲
製作会社  :小学館、読売テレビ、日本テレビ、ShoPro、東宝、トムス・エンタテインメント
アニメ制作 :トムス・エンタテインメント
脚本    :櫻井武晴
原作    :青山剛昌
音楽    :菅野祐悟
撮影    :野村隆
配給    :東宝
主題歌   :『美しい鰭』(スピッツ)
出演(声) :高山みなみ、林原めぐみ、池田秀一、古谷徹、山崎和佳奈、緒方賢一、堀之紀、山口勝平、高木渉、湯屋敦子、小山力也、大谷育江、岩居由希子、松井菜桜子、沢村一樹、他

【作品概要】
「灰原哀の正体が宮野志保であることが、黒の組織に露見する」という、"体は子ども頭脳は大人"というコナン作品の根幹を揺るがす内容を描いた意欲作。
「蘭にコナン=新一とバレる」という視点で描かれたことはあれど、灰原サイドでこの問題に斬り込んだことはなく、原作で深掘りされてもおかしくない内容である。
作劇はサスペンスに振り切っている。コナンと阿笠博士の悲嘆にくれる姿が一幕ターニングポイントの結末に配置され、ヘビー級の作劇であることが誰の目にも明らかとしているところは、親切設計。

なお、サスペンスに寄せすぎたことで、ミステリーやコメディの要素は極めて薄いものの、もう一つの代名詞である恋愛に関しては、過去避け続けた灰原哀と江戸川コナンの関係性にフォーカスすることで、ある種の決着までつけており、その意味でも極めて意欲的な作品であったと言える。その点でも、原作で深掘りして然るべきとも考えられるが、メディアミックスの有効活用としては、正しい手法でもある。

【作品感想】
「子どもの言葉や行動で、人生が変わることもある」

今年も毎年恒例のイベントとして、公開初日のレイトショーに、コナン映画サッカーボールウォッチャーの友人と連れだって見てまいりました。
コナン映画爆発描写ウォッチャーとしての感想は……微妙!
潜水艦との雷撃戦という、超一級の爆発描写が展開できそうなポテンシャルがある作品にもかかわらず、パッとしない爆発しかなかったのは、非常に残念です。
脚本の櫻井武晴氏は、過去に『名探偵コナン 絶海の探偵』で、同様の大状況を舞台設定としたサスペンス性溢れるコナン映画を手掛けていますが、こちらも本作同様、爆発については寂しい出来でした。「爆発描写に5分かける」とか、書いといてくれないかな……。

近年のコナン映画は、作画コストの問題か制作チームの方針なのか知りませんが、年々爆発描写が控えめになっています。よくよく考えてみると、コナン映画で爆発描写に注力していたのって初期5作品くらいまでで、以降爆発・爆炎でド派手な画が見られる事って、あんまりなかったんですよね。『名探偵コナン』という作品の知名度が一定程度知れ渡ったことによって、派手な演出によるアピールではなく、『名探偵コナン』という作品自体のファン層へのアピールに主軸を置くようになったことが、爆発描写の縮小の原因かもしれません。
それを踏まえれば、このところの物足りない爆発描写はさもありなんといったところ。

一方、友人が監視対象としているサッカーボール描写はどうだったでしょう?
端的に言えば…………、最高でした笑
水中の岩礁に射出ベルトを固定→花火ボール発射→海中花火によって黒の組織の潜水艦艦影を水上に晒す→赤井さんヘリから狙撃→動力喪失で潜水艦沈黙
という流れが瞬間的に展開する怒涛のクライマックス。笑いました。抱腹絶倒の大笑い。最高すぎますね。これだからサッカーボールを見るのはやめられないと、改めて思い知らされました。
これからは私も、サッカーボールの活躍・使途をメインの鑑賞対象にした方がいいかもしれませんね。

その他、本作は意外なほどに見せ場が多い作品で、ここ10年のコナン映画を振り返っても、満足度高め作品としては上位に食い込みます。主だった印象的な見せ場は以下の通りです。

その他、
① 第一幕クライマックス(灰原拉致シークエンス)の黒の組織構成員ピンガVS人間兵器・蘭ねーちゃんによる、徒手格闘戦。
②ピンガさんからコナン君へのマジ切れ壁ドンヤクザキック
③「今回は「 いっけぇーーーーーっ!!」ないのかぁ……」と思った矢先に放たれた、押し寄せる波を円形にぶちぬくキック力増強シュート
いずれのシーンも、思わず(笑い)声が出る最高のシーンで、クライマックスに間髪入れずに畳みかけてきますので、面白さが持続します。
特に鮮烈な印象を刻んでくれたのは①。ここは気合入ってましたねぇ。なんか別の映画見てると錯覚してしまう程でした。
いつも通り、過剰な程に高校生とは思えぬ人間離れしたとんでもアクションを見せてくれた蘭ねーちゃんに、大感謝。

他にも、自分を蹴落としに来てるピンガさん(強烈な小者臭漂う癖に)を「さぁ、どうだったかなぁ?」なんてすっとぼけながら抹殺しちゃうジン兄貴とか、「えっ!ダリオ・アルジェント!?」と思ったらマリオ・アルジェントだった登場人物の名前とか(ダリオ・アルジェントの『ダークグラス』公開中に被せるなんて、流石コナン君)、見所満載のエンタメでした。

ハイクオリティな作画やサスペンスフルな作劇は素晴らしかったものの、推理や捜査といったミステリー要素は蔑ろ気味だったのは、いささか残念でした。名探偵コナンを銘打っているからには、そこに一定程度注力するのは不可欠と思うのですが……。
本作のミステリー要素不足の原因は、第一幕で灰原が拉致されてしまったことにあります。
その結果、鑑賞者の興味は「いかにして灰原を取り返すか」に集中し、本作のミステリー要素=誰がピンガか?を解明することが、正直どうでもいいことになっているのです。
それに、ピンガを探し出す動機付けが薄いのも、この問題に拍車をかけます。アイツがピンガだ!とわかったところで、灰原奪還に置ける最重要ポイントとは言い難く、「だから?」としか思えないのです。
ついでに、誰がピンガかを隠す気が毛頭ないくらい、最初から直球でコイツデスアピールをしてくるため、推理も何もあったもんじゃありません。最早名探偵と名乗っていいのか怪しいくらいあからさまです。この際、ミステリー展開不要でもいいとすら思います。


≪常に疑心暗鬼なジン兄貴&仁義なき組織内抗争≫
カッコつけ厨二語録機能搭載の癖に「このクソシステムがっ!!」と直球で罵ったり、上記のように「さぁ、どうだったかなぁ?」なんてお茶目さも発揮するジン兄貴。彼の被害妄想と仲間に対する疑心暗鬼は、本作でもバリバリ全開です。
潜水艦内で、魚雷発射管から脱出を図る灰原と直美・アルジェントに対し、管内に圧縮空気を送入して圧殺しようとするジン兄貴。空気注入用のグリーンのレバーを下そうとするジン兄貴に対し、静止をかけるキール。そこでジン兄貴からいつものお言葉、「ネズミか?」。
いや!しつっこいわ!何回目だそのやり取り!いい加減にしろ!
しかも、シェリー追跡に血道をあげるジン兄貴は、組織のミッションをぶち壊しても良いとすら考えているんですから、全く持って度し難いですね。そりゃーキールに正論パンチされて当然ですよ。からの、論破されそうになったら論点すり替えからの恫喝って、あんたはネット民かなにかか!?

そんな気狂いジン兄貴を脇に置いて、黒の組織は内ゲバで大荒れ中。
メンバー間の立場(その場にいるネームドメンバーの半分が潜入捜査官って、かなり終わってんな……)や思惑が摩擦となって、イレギュラー事態への対応が上手くいきません。
シェリーがガキの姿で生きてるかもしれないなんて、ジン兄貴に知らせねーと!と興奮し、ガワを攫うぞ!と息まくウォッカに対し、「私はいや」「僕もです」「私も無理」とすげなく断られる内部会合。No.2のラムのお気に入りのピンガが、権力闘争の一環として、ジン兄貴を引きずり降ろさんと画策したり。潜入捜査官組は各人思惑があるわけで、当然非協力的。結果、まとまりがないまま場当たり的行動へと以降していくわけです。ほんと、仁義なき組織内抗争してますね……。

そんな内部抗争ばかりの黒の組織メンバーで、個人的に株を上げた人がいます。
ウォッカです。
ウォッカといえば、常に盲目的にジン兄貴に尻尾を振り、時折しょうもないヘマをするような印象の人物でしたが、意外や意外。ジン兄貴不在の時は、ジン兄貴の代弁者としてのみならず、自分の意見も主張し、更には仲間への気遣いも見せるではありませんか。
蘭ねーちゃんの猛攻に大ピンチなピンガを、冷静な突込みでサクッと回収しつつ、華麗なドライブテクで追跡を交わし、速やかに海中へダイブし鮮やかに逃走する豪胆さ。
潜水艦の知識がない(ふりをしている)キールに対して、自ら丁寧に操作方法を説明。単細胞バカではない、知的な側面も垣間見せます。
さらには、興奮しキールに銃を向けるジン兄貴を、理性的に静止してみせます。
ジン兄貴を第一に考えつつ、仲間のサポートも欠かさない、意外と配慮上手な苦労人。なんてこった、ウォッカ、いい奴じゃないか。見直したよ。

≪公権力による監視社会がもたらす恐怖≫
しばしばコナン映画では、テクノロジーとテロリズムの融合を題材とした作品が作られますが、そんな中でも直球ど真ん中のテーマが描かれたのが本作だったと思います。
それは、過去にSFやスパイアクション等で幾度となく警鐘がならされてきた、監視社会についての問題提起です。

本作では、八丈島の近海に建設された、巨大海中&洋上施設"パシフィック・ブイ"が登場します。
この施設の役割は、世界中の監視カメラの映像の接続・管理・共有です。
『名探偵コナン 14番目の標的』『ルパン三世 炎の記憶〜TOKYO CRISIS〜』『MEGサ・モンスター』等で登場した施設を彷彿とさせた"パシフィック・ブイ"ですが、どのような決議プロセスを経たかはわからないものの、やけに権力のあるインターポールが音頭を取って建設したとのこと。
どこから予算を集めたのかはわかりませんが、大層立派でえらい金がかかってそうな施設にもかかわらず、戦闘ヘリや潜水艦を所有する超巨大犯罪組織の前にあっさり破壊され、結局サクッと復旧を断念しているんですから、コナン世界線はどこも景気がよさそうで羨ましいですね。あれ、解体工事が相当大変そうだけど、どこが処分するのかなぁ。

それはさておき、監視社会のお話です。
これまたどこがGOサインを出したのかはわかりませんが、世界中の監視カメラをネットワークに繋ぎ共有するというトンデモプロジェクトなパシフィック・ブイ計画。
劇中では「行方不明者の捜索」という超耳障りの良い理由しか述べられませんでしたが、公権力が市民を監視することは、民衆の奴隷化を目論む腐った政治世界を連想させます。まあ、あくまで自分が"そういうものの見方"をして、あたりをつけているだけですが。
ただ、本作劇中では、謎の最先端システム"老若認証"がスケープゴートとなって、パシフィック・ブイ計画のもたらす監視社会形成の恐怖については、全然触れられません。
当然のことながら、肉体が子ども化してる組にとっては身バレリスク大なうえに、『名探偵コナン』という作品の根底を揺るがしかねない部分に切り込んできているわけですから、老若認証にスポットが当たるのは当然です。
しかしながら、劇中行われた動画データの改竄については、別に老若認証は関係ありません。単に、個人によって容易に改竄可能であると示しただけです。ついでに言うと、骨格等のデータから当人か確認する仕組みであるにもかかわらず、ベルモットの変装で意図もたやすく灰原99%マッチみたいな人が量産できるのは、どう考えても矛盾点だった気がします。ベルモットがバックドア経由でシステムに干渉したということでしょうか??いずれにしろ、「このクソシステムがっ!!」という主張に異論ありません。

閑話休題

パシフィック・ブイが有する監視映像の真実性が、全く保障されていないという大問題。加えて、それをコントロールするのが国際刑事警察機構という、実務的な警察権力行使機関ではないこと。
これでは、パシフィック・ブイの安全性に疑問符が浮かびますし、黒の組織という犯罪結社による私的利用が計画されるのも当然です。彼らにとっては、上手くすれば自分たちが映る監視カメラ映像を、自由自在に書き換えられる魔法の杖に早変わりするんですからね。
結局、実はもっとこじんまりした理由がシステム奪取計画の真相だったわけですが、彼らの損切判断は迅速で、即座に破壊へと舵を取りました。
もっとも、クソシステムだったのは老若認証という一部機能に過ぎず、パシフィック・ブイの本丸部分(全世界の監視映像の接続・管理・共有)は、有効活用可能だったはずですが、ピンガの正体が露見したことから再チャレンジは諦め、早々にぶっ壊してしまいました。ちょっともったいないよなぁ……。

監視社会なんて冗談じゃない!と思っている私としては、そんなくだらないシステムを丸ごとお釈迦にしてくれた黒の組織の活躍を賞賛すると同時に、意外とその辺どうでもいいと考えてるっぽいコナン君に幻滅したのでした。
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