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怪物のinotomoのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.2
事故で夫を亡くした早織は、女手ひとつで小学生の息子の湊を育てていた。靴を片方なくしたり、怪我をしてきたりと、様子がおかし湊を心配する早織。やがて、学校の担任に暴力をふるわれて、湊が怪我をしたことを知り、早織は学校へ乗り込む。担任の保利は煮え切らない態度をとり、学校の校長や教師達もマニュアル通りの返答を繰り返すだけ。やがて保利は、湊がクラスメイトの依里をいじめていると早織に言う。
監督は是枝裕和、脚本はこの作品でカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した坂元裕二。

湖と山のある街で、子ども達のいざこざと、とりまく親や教師の出来事を、いわゆる羅生門形式で描いた作品。物語はまず早織の視点で進み、次に保利の視点、最後に湊の視点で進んでいく。時系列が動く時のキーになるのが雑居ビルの火災で、違和感なく物語に入っていける。この作品はとにかく脚本が素晴らしいなと思ったのだけど、構成、子ども達の瑞々しいセリフ(是枝監督は子役には台本を渡さないことで有名ですが、この作品ではそれは難しいと思い、メインの子役には台本を渡し、他の子役には渡さなかったとのこと)、そして何より「怪物」というタイトルが秀逸だと思った。怪物は誰の心にも生まれてしまうもの。意図せず生まれたり、怪物になってしまう自分を自覚できないこともあるし、幼きものは、他人と違う自分を怪物と思ってしまうかもしれない。息子への愛情が強いばかりにモンスターペアレントになってしまう早織もしかり。そして、物事は見方によって事実とは違う認識になってしまうということがよくわかる。サスペンスとしても面白いと思ったけど、まんまと自分も騙されていたのだとわかると、思わず唸ってしまう。実は未見の「羅生門」を見たくなってしまった。

そしてこの作品は、カンヌ国際映画祭でクィアやLGBTQを扱った作品に贈られるクィア・パルム賞を受賞。ただ、逆にそういったカテゴリーでこの作品を括ってしまうのはもったいないと感じた。物語で湊が感じる様々な想いは、子どもなら誰もが感じ経験する葛藤だと思うのだけど、ここは見る人によって感じ方が違うかも。
湊の葛藤にも心を動かされるけど、依里の置かれている過酷な状況や、それでいて平気な顔をしながら湊に見せる笑顔とかが切な過ぎる。子役2人の演技が素晴らしい。是枝作品に出演してきた男の子は、柳楽優弥も城桧吏も、目が強くて印象に残ったけど、この作品で湊を演じた黒川想矢も目が印象的。大事に育って欲しい。

早織を演じた安藤サクラは、「万引き家族」や「ある男」で見せた母性とはまた違った母性を見せてくれて、安定感は抜群。保利を演じたのは永山瑛太。坂元裕二は彼をあて書きしたのだとか。前半と後半で彼のキャラクターの見え方が全然違うのだけど、彼の演技あってこそと思った。
校長を演じた田中裕子の無表情演技には、不気味さと凄みを感じた。あと、東京03の角ちゃん!坂元裕二作品の「大豆田とわ子と3人の元夫」でもいい味出してたけど、今回も良かったなぁ。
あと関係ないけど、安藤サクラが湊と「生まれ変わったら」の話をしているのを見ると「ブラッシュアップライフ」を思い出してしまった。

最近の是枝作品はほぼ全部見てるけど、面白いというより、凄みを感じた作品。脚本の力が大きかったと思う。幸せについて語られる場面とか、印象的なセリフも多数。たくさんの伏線とその回収もあれば、明かされない謎もあるし、ラストの展開は色々な解釈があるかもしれない。
光に向かって走っていく子ども達の未来が、まさに光に包まれたものであって欲しいと思うばかり。
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