Jun潤

怪物のJun潤のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.3
2023.06.03

是枝裕和監督×坂本裕二脚本×坂本龍一音楽×安藤サクラ×永山瑛太。
第76回カンヌ国際映画祭にて脚本賞を受賞した作品であり、今年3月に逝去された坂本龍一の遺作。
最初の頃のプロモーションでは個人的に相性の悪い是枝監督と名作製造機の坂本脚本の組み合わせ、さらにはなんだか不気味な雰囲気でどんな作品かも分からず、情報解禁されていくと安藤サクラがまた傑作邦画に出るのかもしれないし教育現場を舞台にした社会派ドラマの予感。
カンヌブーストも相まって久しぶりに邦画に注目が集まりそうですね。

夫を亡くし、女手一つで息子の湊を育てる母・早織。
きっかけは些細であり、奇妙なものだった。
湊が突然自分で髪を切り出し、靴を片方だけ無くし、持っていた水筒には泥が入っている。
そして帰るのが遅くなった日には、廃線の跡地にいて、怪我をして、走行中の車から飛び出してしまった。
明らかに様子のおかしい湊の口から語られたのは、全て担任の保利先生の仕業だということだった。
早織は湊のために学校に抗議をするが、学校は形式通りの謝罪を繰り返すのみで、とても人間を相手にしているようには思えない。
奇妙な行動を続ける保利の口から出たのは、湊がいじめているという星川依里という児童の名前。
依里の家に行き彼の様子を見ていじめの疑惑が強まりかけた早織だったが、一連の出来事は保利の辞職という形で一応の終幕を告げる。
しかし、台風の夜が明けた朝、湊は姿を消し、窓の外からは聞いたことのなかった保利の叫び声が聞こえる。

時は遡り、保利が学校に赴任した頃。
自分らしい教師でいようとする傍ら、慣例に縛られ、モンスターペアレントを上手く遇らおうとする教育現場、さらにはあらぬ噂が瞬く間に広まる状況に困惑しながらも、教職に従事しようとしていた。
しかし、突然教室内で暴れ出した湊を抑えようとした拍子に怪我を負わせてしまい、そのことを抗議しにきた母親にも誠実に対応しようとした保利だったが、他の教師たちは謝罪のみで済ませようとするばかり。
そんな時に保利もまた、湊と依里の奇妙な関係性を目撃していた。
自分の至り知らぬうちに話は進んでしまい、辞職は決定し、週刊誌には追い回され、彼女も離れていってしまった。
そして保利は、依里の書いた作文から、二人の真意を知り、湊の家へと向かう。

物語は、湊と依里、二人の少年の話を以て真相と完結へと向かう。
「かいぶつ、だーれだ。」

こ、これは、、脚本の力が強すぎるって!
これはカンヌ獲っちゃうって!!
もはや世界のユウジ・サカモト。
今作にもまた名言「男の大丈夫だよと女のまた今度ねは信じちゃいけないよ。」
なんといってもセリフのチョイスとセンスがバチバチに良い。
それでいて序盤のなんてことのないセリフが終盤に活きてくる感じや、シリアスな場面なのにフフっと笑えてしまう掛け合いもまた素晴らしい。

個人的に同じ坂本脚本の『花束みたいな恋をした』よりも高スコアになった要因としては土井監督と是枝監督の圧倒的実力差ですかね。
土井監督も素晴らしい監督の一人ですが、相手が世界の是枝ともなると実力差が如実に出てしまっていた印象。
キャラそれぞれの感情の盛り上がりの部分、物語の起承転結で言うところの“承”の部分が足りていないような気もしましたが、なんといっても導入部分の作り込みの丁寧さや俳優陣から演技を引き出す力が高いのなんの。

あとは坂本龍一の音楽ですね。
個人的に邦画に対してはあまり劇伴を気にしないのですが、坂本龍一の遺作ということもあって劇伴を傾聴してみると、同じ音楽を使用していながら使われる場面、そしてその場面でメインになっている人物の感情を的確に表現しているかのような音楽。
主張しすぎていないはずなのに、音楽がキャラの一部になっているかのような強い存在感でした。

『怪物』というのはどこにでもいる、それが今作では社会的に生まれるべくして生まれてしまった怪物たちと、その怪物たちによって生み出されてしまった怪物たちを表現していたんだと思います。
子を思いすぎるがあまり、児童を思いすぎるがあまりに暴走してしまう親や先生、保身に走り、自分の思う通りに子を縛ろうとする大人たち。
そして、学校という狭い世界の中に夥しく存在する幼稚で残酷な子どもたち。

湊と依里に関しては、明言はされていませんでしたが、おそらくは同性愛を描いていたんだろうなぁと。
それを親や先生には打ち明けられない。
男子たちからは弾かれ者とそれに関わっているだけの差別の対象とされていても、おそらく女子たちには一定の理解をされていたんじゃないかなと。
保利に罪を着せるために口裏を合わせているような描写や、依里へのいじめに女子は加担していなかったことなど、細かいながらもメッセージ性を確立させる良い仕掛けだったと思います。

誰にも理解されないまま、「男らしく」「普通の幸せ」を押し付けられてしまった湊と依里は、自分達で作った秘密基地の中で、自分達で作ったおもちゃで遊び、それが無くなってしまっても、二人きりの世界であっても、怪物であり続ける。
それは誰もが手にすることができる「幸せ」なのか、それとも違うものなのか、二人が手にするものとはー。
Jun潤

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