義民伝兵衛と蝉時雨

怪物の義民伝兵衛と蝉時雨のネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
3.4

このレビューはネタバレを含みます

“怪物”
母親にとっての”怪物”=担任又は校長。
担任にとっての”怪物”=母子又は中村獅童演じる父親。
“他者への先入観”これが自分の表象の中に”怪物”を創り上げる。
“一面的な物の見方”の中に”怪物”は現れる。
もしこの”怪物”と戦うとなれば、
「”怪物”と戦う者は、その過程で自分自身も”怪物”になることのないように気をつけなくてはならない」というニーチェの大格言が思い出される。

そして”偏狭な道徳観や善悪の物差し”この中にも”怪物”は潜む。
偏見とも呼べるこの”怪物”からの解放区へ。

多様性の尊重や豊かな共生。
母なる大地に育まれた元来の自然体な自分の心への回帰=”怪物”からの解放区へ。ラストのあの極端に美化された嵐が過ぎ去った後の光景は二人の死後の世界を表すのか? それともシンプルに自分自身の本心を全力で歩み始めた二人の躍動する姿なのか?

是枝監督が多角的な視点から描いた、人間の知性と、(怪物が潜む)知性というその壁の向こう側に存在する他者の心(その更に奥に本能や意志はある)、そしてその心の昨今至る所で取り沙汰されているダイバーシティという旬なテーマ。

音楽室での校長の言葉、「誰かにしか手に入らないものは幸せとは言わない、誰にでも手に入るものを幸せと言う」。
ここでショーペン・ハウアーの格言も思い起こされる。
「何者であるかということの方が、何を持っているかよりもはるかに我々の幸福に確実に寄与する」。
トロンボーンとホルンによる魂の叫びが心まで響いてくる圧巻のシークエンスだった。

子役二人を筆頭に役者陣の演技が見応え十分。取り分け瑛太と田中裕子が素晴らしかった。

とは言え、劇伴の感傷的な使い方や美しさを誇張した子供時代の情景など、演出の中に受け手の感情を掻き立てて涙を引き出そうとするような、わざとらしさを所々に感じてしまい、白けてしまった部分も少なくない。