藍紺

怪物の藍紺のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.1
自分が見たいものしか信じない。目から入ってくる情報も自分がそうあって欲しいと思う願望が事実を歪め都合がよく変換する。
我が子にいずれは幸せな家庭を持ってほしいと願う母親は決して間違っているとは思わない。生徒とコミュニケーションを取り冗談を言い合ったりして仲良くしようとする教師は決して間違っているとは思わない。
ただ、子ども自身がそれを言われることで傷ついているとしたら、それは加害になってしまう。立場や構造に囚われ、間違った思い込みによって判断を誤り、思いもよらない結末に進んでいってしまうことの恐ろしさ。
「普通でいいの」「それでも男か」何気ない会話の一つ一つが、振り返ると重くのしかかる。誰にでも見覚えがある無自覚な加害。

今作はSNSで公開前からかなり話題になっていた作品であり、公開後も賛否両論、というかどちらかと言えばLGBTQに対する向き合い方の点において、当事者の方々からは否定的な意見が多かった。
私はシスジェンダーでヘテロセクシャル、世間で言う所のマジョリティになるわけで、マイノリティの方々が今作を観て感じたレビューを読んで色々考えこんでしまった。そして読めば読むほど何にも言えなくなってしまう。特に坂元裕二信者と言ってもいいほど彼の作品が好きで、彼の作品の全てを観てきたので、私自身も都合よく解釈してしまっているかもしれないと不安になる。なので自分の感想に自信がなくなってしまう(常日頃、感想なんて好きに書いたらよろしと思っているのだけど)……。

それでも、やっぱり自分には刺さるシーンがいくつかあった。特に音。ある登場人物たちが自分の内にあるもやもやした想いみたいなものを音で表現するシーンは心を揺さぶられた。そしてそれが響き渡る画の力強さ。叫びのような祈りにも似たあの音が鳴り響く上諏訪の風景はとても素晴らしく、この一点においてでも今作は観てよかったです。
藍紺

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