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怪物のISHIPのネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

僕はさほど詳しくは無いが、坂元裕二さんのドラマがとても好きである。「花束みたいな恋をした」から2年というスパンでまた坂元さん脚本の映画がみられると思ってなかったし、ましてや是枝監督ときた。6月まで待ちきれない!となった人は多いだろう。
この映画は坂元さんのシグネチャーのひとつである会話劇的な面白さといった面は抑えられているように思える。映画のトーンは重めで軽快な会話といったものはほとんどないと言っていい。ただ、言葉、は非常に重要な位置にある。
さて、坂元さんと是枝監督の映画に湧いた、のはなぜなのかと考えると、この2人が描いてきたものに共通のものを感じるからでは無いだろうか。僕はこんな偉そうなことを言っておきながら、是枝監督の作品はさほど見ていない。のだが、万引き家族とかを観ていると感じるのは、血の繋がりのない人同士の関係(逆に言えば切っても切れない血の繋がりという意味での家族という呪いのようなもの)であるとか、現代社会において生きづらさを抱えている人達、また社会の仕組みの中ではどうにもならず時にイリーガルなことをしてしまいながらも暮らしていく人達。上手く言葉にできていないかもしれないが、是枝監督作品にはこういった要素を感じるし、それは坂元さんがドラマで繰り返し描いてきたものだと思う。正しい・間違ってる、良い・悪い、という単純な二項対立で世の中は成り立っている訳ではなく、その間の、白でも黒でもないグレーの中に多くのことは存在していて、濃淡こそが違いなんじゃないか。また、ある視点から、ある立場からでは、同じことも違うように見える、悪かったように見えていたことが良くも見えてくる。一側面からひとつの事を語ることは難しい。この映画はそういったメッセージに満ちていたように思う。大きく分けて3つの構成から成るこの映画は、あーこういう事だったのね!と、視点が変わることで見え方が変わることと物語が解き明かされていく両面を持つ。「羅生門」や「最後の決闘裁判」を想起する構造。最初、この映画が始まった時、夜の湖が映った訳だが、僕はここは函館のような港町なんじゃないかと思った。だけど明るくなってみるとそこは長野の湖だった。これも見え方が変わる、というひとつの描き方なんじゃないかと感じた。最初から湖だと分かってたよって感じた人はスマン。
また、LGBTQ…というか少年たちの同性愛を思わせる主人公2人の関係。これの意味は?この要素を入れる必要があったのか?という意見を見かけたりしたのだが。確かに、とも思ったが…僕が思ったのは、彼らはまだ小学五年生であり、自分のセクシュアリティをハッキリ認識してる状態では無いんじゃないかと。ただ、みなとは男が男を好きになる、ということがおかしいと思っている描写はある(豚の脳→男のことを好きな男である、ということかとみなとは認識しているように思える)。でも、そもそも好きという感情がハッキリとしないのでは、というか。なんかこう、ハッキリとしないこと、のひとつなんじゃないかなと感じた。じゃあそれってセクシュアリティの事で描く必要はあるの?ってこともあるんだけど…そのハッキリしなさってセクシュアリティとかをとっぱらって好きかもしれないっていう感情を描いてるとも言えないかな、と思って。星川くん、が好きなんだっていう。そこにはマジョリティとかマイノリティとか入り込む隙は無い、というか。最後の方で、幸せは誰かにしか手に入らないものではなく、誰にでも手に入るもののことを言う、という校長のセリフがあったけれど、まさにそういうことを描いてるんじゃないかなーと思った。
あと、怪物だーれだ、の遊び。あの遊びって自分が何であるか相手からの言葉のみで当てる遊びなんだけど…自分こそ自分のことが見えない・分からないことを象徴しているように思えた。自分が何者か葛藤するような思春期に差し掛かるかどうかの彼ら。自分は男である星川くんが好きなのか?と揺れるみなと。でも、自分こそ自分のことが分からない、というのは彼らだけに言えることだろうか?また、他者から見られる自分こそ自分であるとも言える、みたいな遊びにも見受けられて。他人からの評価こそその人なのであって、仮に本当のこととは違っても、どう思われているかこそが人物像なのだという。それで思い出すのは保利先生の事。学校側が保利先生にしたこと、麦野母への対応(この辺はクソみたいな政治家たちを思い出さずにはいられない)。そして噂話が勝手に保利先生像を作り上げ、広がっていった様。あの遊びをしてたシーンは時間としては短かったけれど、この映画を表す大きなシーンと思えた。
白黒はっきりつけられないこと、ということで言うと、この映画における悪い人っているのかな?ということ。中村獅童演じる父は、明らかに悪のように映る。だけど、彼をそうさせた何か、もチラつく。また、麦野母、また保利先生の何気なく、またなんの意識もなく発した言葉が、子供たちふたりの中にずっしりと刺さっている。お前の脳は豚の脳だ、という非常にハッキリとした侮蔑の言葉と、結婚することがあたりまえの幸せであることやオカマ的なものを笑うこと。また男らしくない、という言葉。これの違いってなんなのか?ここがフラットに描かれていたようにも感じた。しいて言うなら、悪として描かれているのは学校…?大きな組織、社会そのものだろうか。
あの火事をみんな遠くから眺めていた。けれど、様々なことにどんどん巻き込まれていった。僕らもこの映画を遠くの火事のように思っていてはいけないのかもしれない…?
と色々と思ったことを書いたんですけど…そもそも面白いんですよね。色んなメッセージ(って言っていいのか分からないけど)を含んでいるだけじゃない。面白いってのがやっぱり坂元さん脚本の凄いところ。ただ、やっぱりテレビドラマとは違って、本当にカッチリしてるな、と思った。遊び的な部分は削がれてるかなという気も。2度見ないと気づけない部分も多いだろう。また観たい。
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