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怪物のKasaのネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

地方の郊外に暮らすシングルマザーは、息子が教師から暴力を振るわれていることに気づく。早速学校に乗り込んで真相の追求を求めるが…。

ひとつの事件を複数人の視点から見た結果、「単純な悪人は1人もいませんでした」という話。

ただし、細かく分解するとさらに複雑な話でもある。

個人的に思うこの映画のテーマはこの3つ。
①人はもれなく心に悪意をもっている
(怪物の内在)
②現代人は対話不足から生きづらさを抱える
(怪物の巨大化)
③幸せは自分にしか見つけられない
(怪物の解放)

的外れかもしれないけど、そう思った経緯のメモ書きをまんま記録しておく↓
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◎まずこの映画の一番のおもしろさは、人物の描き方が多面的すぎること。
ひとつの出来事を複数人の視点から見ていくため、脳内にはミステリー小説のような相関図が広がる。たくさんの矢印とメモが書き込まれていく。「被害者」「加害者」「冷淡」みたいな。
だけど、途中でペンが止まる。なぜならモンスター教師だったはずの男が、数分後にはとても素敵な先生に見えてくるから。…あれ?私、何を見てたんだ?
相関図は真っ白になり、最後には美しい風景と音楽だけが残る。
鑑賞中の脳内を振り返るとそんな感じ。

◎人間は無意識に偏見を持ち、誰かを傷つけてしまう。だから完全な悪人も善人も存在しない。言ってしまえば全員悪人。というのが大きなテーマなのかな。

今の時代はその問題がより顕在化している。SNSで見せたい姿を見せ、画面上の映像や文字を通してコミュニケーションをとる。生身の人間と会うのと比べて、無駄も失敗もストレスも少ない。居心地がいい。
でも、そこにあるのは「会話」であって「対話」ではない。相手に深く立ち入らず、たとえ誰かを傷つけても、感情が見えないため気付きづらい。
ネット、スマホ時代の人間は、積極的に対話をする必要がなくなったんだと思う。その結果いつの間にか誰かを傷つけたり、相手を一面だけで判断してしまったりすることが増えている気がする。

◎現代人の対話不足。これが2つ目のテーマだと思う。
安藤サクラと息子も、瑛太と生徒の関係でも、対話が不足している気がした。対等で相手を傷つけない会話。気づいたらすぐに対処する。一見すると理想のコミュニケーションだけど、家族や親友、教育者として関係を築くにはなんか違う。浅い。
本当に学校に乗り込むことが正解なの?ケンカを仲直りさせたらそこで終わり?

最近の子どもに反抗期がないのも、不登校も、不良が減ったのも、闇バイトも、軽い炎上事件も、陰惨な事件も、ぜんぶここに原因があるように思えてくる。

人間の悩みや欲望は本質的にはいつの時代も変わらないのに、身近な人の前で吐き出せない。どこでも発散できない。そこで溜まった膿みたいなものが、「まさかあの人が」的な事件に繋がっているんじゃないかな。大人も子どもも同じ。

◎「怪物」の正体は、現代の人間全員が抱える心の闇?
超自由な時代と思いきや、実は昔以上に失敗ができず不自由な面も多い。私たちは、便利と引き換えに大きな生きづらさを抱えることになってしまった。どこにも吐き出せない悪意や負の感情は、本人もコントロールできないほど大きくなることがある。それが「怪物」なのかな。
放火犯っぽい少年も、疑惑の校長も、自分の闇をコントロールできなかったのかも。
時代とテクノロジーだけは進化し続けているけど、人間の心は変わらない。そこに歪みが生まれる。
闇自体は人間全員が抱えているから、環境次第で良い方にも悪い方にも転ぶ。

◎じゃあどうしたら怪物を飼い慣らすことができるのか?解放できるのか?=幸せになれるのか?
その答えこそが、最後に少年たちが見つけたものなんだと思う。友情とも愛とも呼べる真っ直ぐな感情。自分の存在意義を実感できる環境。
人によって異なると思う。親友と出会うこと、恋人を見つけること、結婚すること、子どもを産むこと、没頭する趣味を見つけること、天職を見つけること。
人は、お金とか数字じゃ測れない「自分だけのものさし」で測れる幸せを見つけることで、自分の人生を生きることができる。(宗教が不幸を生むのは、この点に原因があると思う)

◎生死はどうであれ、2人は彼らだけの幸せを見つけたんだと思う。田中裕子さんのセリフ「誰かにしか手に入らないものは幸せって言わない。誰でも手に入るものを幸せって言うの」これ、坂元さんが1番言いたかったことなんじゃないか?

◎最後、人間の心と自然界をリンクさせて描いていたのかな。美しい森が大量の土砂を吐いて、また美しい森に変わるみたいに、人間の心もコロコロ姿を変える。人間=怪物じゃなくて、人間の心の一部分=怪物。

◎地域性と絡めて語る人もいるけど、個人的には田舎特有の問題を扱った映画ではないと思う。最近のエンタメ作品は、人間の多面性を描いたものが本当に多い。少し前のエブエブだって、スキップとローファーも、ブラックミラーも、全部。コロナ禍で散々オンライン生活を送った我々の共通の問題意識なのかな?

◎地方都市に生まれて小1からパソコンに触れ、思春期にスマホが登場した世代にとっては感じるものが多すぎた。特に教室の空気感の描き方(実際のいじめの内容、生徒の距離感、先生のキャラクター)があまりにもリアルで苦しい。
その苦しい映像に対して、純粋な子ども心と自然が瑞々しすぎる。
子どもを描くのが得意な是枝監督だから描けた対比だと思う。美しい。

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やばい。長文すぎる。

この映画を観て綺麗な文章が書ける人がすごい。整理できないよ。

原作者とか製作陣のインタビューも読んでみようかな。
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