みりお

怪物のみりおのネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

※仕事がバタバタでレビュー溜め込みすぎたため、コメントお返しできないと思われます…どうかスルーをお願いします🙇‍♀️🙇‍♂️🙇



ラストシーンで全てを悟って、心がもぎり取られるような痛みを感じて、エンドロール後も涙が止まらなくなってしまった。
若い純真無垢な2人は、なに一つ悪いことをしていない。
周りの大人もなにかしらの正義があり、情熱があり、心からの悪意を持って彼らに接した人はほぼいない。
だから、根っからの怪物なんてこの世にいないのだ。
けれど何気なく発した言葉や、勇気づけたいと思っての行動が、自分でも知らないうちに大きな怪物になり、誰かの心を食い破っていく。
あの言葉と心の行き違いを観たら、目の前の人と会話するのが恐ろしくなる。
それくらい、目で見たことの真理を捉え、耳で聴いたことの信憑性を判断して、心のうちを言葉で伝えることは難しいことだと、それを一歩間違うと己も怪物になってしまうのだと、この作品を通して痛感した。

我が子へのイジメを疑う母も、生徒を想いやる真面目な教師も、真っ直ぐでこれ以上ないほど愛情深い。
けれど愛や信頼ゆえに、目の前の事実を見つめるときにバイアスがかかるのはなぜだろう。
我が子についた傷を見れば、「誰かに悪意を持って傷つけられた」と感じる。
生徒が暴れているのを見れば、「この児童には問題行動がある」と捉える。
子供同士の喧嘩を見れば、「男らしく仲直りな」と、いっときのすれ違いと認識する。
目の前の事実に対して、よく考えもせずに"最もよくあるパターン"をあてはめ、勝手に動機づけしてしまう。
これが、いま流行りの言葉で言うと【unconscious bias】になるんだろうか。

その【unconscious bias】を、坂元裕二さんの素晴らしい脚本によって、それぞれの立場で追体験することで、観客は"自分には見えていなかった事実"と、"勝手に作り上げていた妄想"のギャップに何度も打ちのめされ、何度も驚かされる。
声にならない言葉に耳を傾けていたら…
「よくあること」や「事なかれ主義」の性急な判断の前に一度でも立ち止まっていたら…
と悔やまれるも、もう時は二度と戻らない。

そしてその手からこぼれ落ちていく時を、言葉少なに映像で描き切る是枝監督の手腕。
濁流に飲み込まれるように旅立っていったはずの二人なのに、「出発の合図だね」と目を輝かせ、全ての呪縛から逃れたかのように美しい景色の中へ駆け出すあの様は、筆舌に尽くしがたい。
残酷で切ない二人の旅立ちを、どんな眼で見つめたらこうも美しく描けるのか。
一方で二人の視界の先にはあるべきものがなく、彼等の命が"向こうの世界"へ飛び立とうとしていることを伝えてくる、その残酷さがまたも素晴らしい。

そしてその刹那を歌い上げるように奏でられる、"向こうの世界"へ旅立った坂本龍一さんの楽曲が、もう言葉にならないほどの切なさを心に残していった。
こんなにも美しく切ない余韻の作品に出会ったことあるだろうか…と考え込んでしまうくらい、隅々まで繊細に完成された、至宝の作品だった。

そして本作が映画デビューという、二人の若き天才俳優たちの輝きも、本当に見どころ。
撮影中互いにライバル視し、相手を嫌いになった瞬間もあるほど濃密な時間を過ごしたそうだが、その確執を乗り越え、家族のような存在になれたと、インタビューで語っていた。
わずか11歳の子供たちが語ったとは思えない言葉で、その思考や洞察力の深さを実感させられる。
子供ながらにそれほどの洞察力を持つ彼等が、今後どんな俳優さんになってくのかが心から楽しみだ。


【ストーリー】

息子を愛するシングルマザーや生徒思いの教師、元気な子供たちなどが暮らす、大きな湖のある郊外の町。
どこにでもあるような子供同士のけんかが、互いの主張の食い違いから周囲を巻き込み、メディアで取り上げられる。
そしてある嵐の朝、子供たちが突然姿を消してしまう。
みりお

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