レインウォッチャー

マイ・エレメントのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

マイ・エレメント(2023年製作の映画)
4.5
湧き出た清水で眼が洗われ、心には小さな篝火が灯る。

わたしは震えている。ついに。ついに現れたからだ。
俺たちに「新しい王子様」の在り方を教えてくれる映・画・が!!

強いプリンセス像が台頭したこの10~20年。女性たちが奮闘する裏で、密かにメンズも模索を続けた時間であった。城と馬を用意して迎えに行く姫は既におらず、家族愛やシスターフッドに席を譲り、敵にフィニッシュもキメない王子が果たすべき役割とは?
Disney/PIXARでも様々な作品が作られたけれど、この問いに対して時間を割いて答えたものは少なかったように思う(当たり前ではある)。そこに投下された『マイ・エレメント』だ。

四大元素の精=エレメントが暮らす世界で繰り広げられる、火ガール=エンバーと水ボーイ=ウェイドという相容れないはずの2人によるなんとも変化球なロミオ&ジュリエット…に見せかけた、実は昨今珍しいほどの純ラブストーリー。

はいはい多様性多様性、得意のWOKE系ね、とかスカしてたらエモーションの波に正面から突っ込んで涙腺と血管が砕け散るぞ。劇中のウェイドの台詞を借りるなら、「美しさに顔を殴られる」。
確かに、多様性というテーマにタッチする作品ではある。エレメントたちは明らかに異民族の集合(たとえばエンバーが属する火はアジア系移民)を表しているし、民族ごとの経済格差や、既にある程度できあがってしまった社会に浸透する無意識の差別意識といったポイントも、現実の写し絵として様々な角度から突いてくる。(※1)

しかし、今作はあくまでもラブストーリー。2人のパーソナルな物語だ。そこをはみ出ていないし、それが良い。
終盤には一応スペクタクルめな事件が起こったりもするけれど、それを経たからといって上に書いたような大きな問題が解消したりとか、みんながWOKEしました!とかをゴールにしていない(※2)。あくまでも、「エンバーとウェイドが」納得したのか、希望を持てるのか、が主眼となる。まずはここから始めよう、という誠実さだ。

ゆえに、エンバーとウェイドが理解を深め合う時間(要するにデート)が長くとられる。キャラの設定を活かしたアイデア豊富でキュートな演出の数々は、いちいちロマンティック度数が高すぎてこっちが蒸発しそう。

バイバイした後の帰り道でいつもの風景がまったく違って見える感じ(エンバーにとって厭なものでしかなかった滝が…)とか、単純な恋愛の楽しさも存分に描かれていて、ストレートに楽しめる。
火と水ゆえに触れ合うことを躊躇するのも、実はとても普遍的なことだと思う。誰かと初めて触れるのは、いつだって怖いし、時には痛みを伴い、体が熱くなる。そして何より、特別なことじゃあないか。

作り手自身の出自も手伝って主観はエンバーにあるけれど、彼女と向き合うウェイドの姿からこそ気付かされることは多い。
ウェイドは(というか水一族が)すごい泣き上戸なのだけれど、これは水というものがもつ「環境にあわせて形を変える」とか「姿を映す」といった性質を「共感力」へと置き換えた表現だろう。共感とはすなわち、相手の心中を代弁することでもある。

感情のコントロールが下手で、自分の胸中を整理できず悩むエンバー。彼女にとって、ウェイドの存在は救いとなる。
何度か、エンバーはウェイドの体に彼女自身の姿の反射を見る。人は誰かと話すとき、無意識に相手の中に自分の鏡像を見るものだ。他人との対話の中から自分の本心が見つかることもあって、その体験は時に癒しになる。これを非言語で無理なく語る技よ…

また、エンバーがウェイドとの関係を深める中で発見するとある才能があり、これもまた気が利いている。明言を避けると、何かを「変質」させて別のものに生まれ変わらせる…ということだ。(火はすべての起源ともいわれるし。)

エンバーが生まれ持った火という性質は、好もうと憎もうと決して捨てることはできない。また、彼女の家族・オリジンと否応なく結びつき、場合によっては重荷となる。それも、彼女自身は背負った覚えもないのに…という移民二世ならではのコンプレックスとも重なるところだろう。
この映画はそれを否定しない。しかし、その性質もきっかけひとつで「変質」し得る。化学反応(ケミストリー)だ。誰かがそれを「特別だ」と拾い上げ、「美しい」と呼べば。

このような、共感が大事やで、というレクチャーは決して目新しくはなく、それに生半可なやり方ではエンバーみたく「わかったふりしないで!」と言われてしまうだろう。そこのところ、ウェイドは今作でHOWについても示してくれている。結論はめちゃシンプルで、「見つめる」ことだ。
ウェイドはエンバーの放つ光から目が離せない。だから、幾度となく、いつも彼女を見ている。それに、諦めない。そこから生まれる共感こそが、差し出した手のひらに説得力を与えるのだろう。(※3)

わーお、そうか、これでよかったのか。
もしかすると、剣を振り回してドラゴンを倒すよりもずっと大変かもしれないけれど…信じてみよう、ウェイドが吸い込まれたエンバーの輝き、わたしたちがもともと持っているはずのELEMENTを。

-----

・字幕版上映数少なすぎ問題にメラつく。

・音楽トーマス・ニューマンすばらしい。エスニックなパーカッションを導入したりとか、サム・メンデス監督諸作のワークとはまた違った魅力。

-----

※1:ウェイドの歩く後ろでエンバーが何か不便している、みたいな、ちょっとしたノイズの蓄積を感じさせる描写が細かくて良い。サービスやインフラは、あくまでもマジョリティをベースに設計されていること。「一日左利きで過ごしてみよう」とするだけでも、気づくことが多々ありそう。

※2:これの直近の失敗例が実写版『リトル・マーメイド』だ。

※3:ウェイドは恵まれた環境にいるからこそ余裕があるのだ、という見方もできて(というかエンバーもそんなツッコミをする)、彼自身の物語にはまだまだ余地があると思う。『マイ・エレメント2』、はよ。