よねっきー

マイ・エレメントのよねっきーのレビュー・感想・評価

マイ・エレメント(2023年製作の映画)
4.6
自分の周りでは評価が割れてたので身構えてたが、鑑賞後は「めちゃくちゃええやんけ」の一言だった。個人的には文句なしの傑作。

生まれ持った性質や、家柄、文化の違いゆえに触れ合えない二人が、触れ合えないなりに共同経験を重ねていく。おれらの世界でも多分どっかで毎日起こっているその奇跡を、「火と水の恋」というコンセプチュアルな美しい映像に落とし込んだ。それだけでも素晴らしいよ。

絶賛公開中の『ウィッシュ』のレビューでおれは「ディズニーはアニメ映画界の潮流に遅刻している💢」みたいな文句を書いたんですが、こっちは断然追いついてるというか、むしろ業界をちゃんと牽引できてますよね。メラメラと縁取り線が揺れるエンバーの美しさには2Dと3Dの融合を感じる。リアリティとイマジネーションの良い距離感を掴んでるよな、と思う。

以下、本作のストーリー性について持論を。ちょっとネタバレあるかも(それで鑑賞体験が損なわれる映画だとも思わんが)。

猫を殺す思考実験で有名なシュレディンガーって科学者がいるが、彼は『生命とは何か』って本のエピローグにこんな文を残している。
「『私』とは一体何でしょうか? もしこの問題を深く立ち入って分析するなら、それは個々の単独なデータ(経験と記憶)を単に寄せ集めたものにほんのちょっと毛のはえたもの、すなわち経験や記憶をその上に収録したキャンバスのようなものだということに気づくでしょう」
つまり、おれらの本質ってのは先天的な〈性質〉にあるのではなく、後天的な〈経験や記憶〉にあるのだとシュレディンガーは指摘する。それって、恋愛でも一緒だ。

たしかに最初は性質に惹かれるのかもしれない。エンバーがウェイドの共感力に惹かれ、ウェイドがエンバーの器用さに惹かれたみたいに。だけど、二人がデートをして、同じ課題に立ち向かって、共同経験を重ねていけば、その二人はもはや互いの性質を愛しているわけではない。二人は一緒に経験した時間とその記憶こそを愛してるんだ。

だからこそウェイドは「僕と君が結ばれない理由は100万個くらいある」と言った上で、「でも僕らは触れ合った」と愛の根拠を提示するのだ。その時のセリフ "We touched." は決して、そのままの物理的な意味だけじゃないと思う。たしかに二人はずっと触れ合っていた。

その一点においておれは、最後の「復活」も支持したい。自己犠牲のあとでハグやらキスやらで蘇るなら凡百のディズニー映画と同じだが、「あんたって泣き虫だったよね」という記憶をもとにウェイドは復活する。これめっちゃ良くない? そういうことなんだよ、おれが言いたいのは! 「真実の愛」ってキスやハグじゃなくてこれだろ!

家族愛の描き方もよかった。差別主義者っぽいとこのあるお父さんだが「わしの夢はお前だ」と娘を尊重する一言には嘘がない。そもそもお父さんにとってどうして水が恨めしいかって、エレメント・シティの構造を見てればなんとなく予想がつくし。そういう要素を冒頭から敷き詰めていく描き方も上手いよなあ。

最後、エンバーが家族の伝統と折り合いをつけるやり方もよかった。一度愛した文化を捨てるのではなくて、その文化に倣って最大の敬意を。エンドロールの浮かれたアニメも超キュート。
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