近本光司

せかいのおきくの近本光司のレビュー・感想・評価

せかいのおきく(2023年製作の映画)
3.0
なあ、せかいって言葉、知ってるか。この空の果て、どこだかわかるか? 果てなんかねえんだよ、それが世界だ。なあ、惚れた女ができたら言ってやんな。おれは世界でいちばんお前が好きだって、これ以上の言い回しはねえんだよ。江戸を生きる侍くずれの佐藤浩市は、便所で用を足してから、その長屋の便を汲み出そうと隣で待機していた無学な若者に語りかける。なるほど、江戸の時代に「世」はあっても、「世界」はまだまだずっと遠くにあったのだ。
 便所の肥やしを掻き集めて日銭を稼ぐ寛二郎と池松壮亮の二人組を中心にした時代劇。そこに声を失った黒木華の存在が絡んでいく。その着想と設定はすばらしいにもかかわらず、その期待の高さに反して淡々と物語は進み、退屈はせずともなんのカタルシスにも結実しない。便秘映画。
 それでもさすがの職人肌の阪本順治、モノクロームで捉えられたいくつかのうつくしく安定したショットは見受けられるのだが(あの雨や雪!)、しかしいったいどこが「せかいのおきく」なのか、さっぱりわからなかった。江戸の長屋にところ狭しと暮らすさまを見ているうちに、山中貞雄『人情紙風船』で、あの最後に水路に流れていく紙風船の映像ばかりを思いだしていた。あれこそがまさに「せかい」でしょ。