むさじー

せかいのおきくのむさじーのレビュー・感想・評価

せかいのおきく(2023年製作の映画)
3.6
<江戸の循環型社会と恋の物語>

武家育ちのおきくは、今は浪人の身となった父の源兵衛と貧しく暮らし、寺子屋で読み書きを教えている。雨のある日、紙屑拾いの中次、下肥買いの矢亮という若者に出会い、苦しい生活ながら懸命に生きる若者たちは次第に心を通わせていく。だがおきくは父を狙った刺客に喉を切られ声を失ってしまう。
江戸の長屋や屋敷から排泄物を集めて、舟で近郊の農家に届けて肥料の代金をもらう。それを生業とする若者たちが、虐げられながらも逆境を跳ね返してたくましく生きる姿と、父親と声を失って絶望の淵から立ち直ろうとする娘の恋物語が併行して描かれる。時代劇としてはかなり斬新な切り口だと思う。
モノクロの映像で、雰囲気は山本周五郎か藤沢周平の人情噺の世界なのだが、糞尿描写があまりに強烈で恋物語の印象は薄れてしまった。SDGsというテーマと日本映画を結び付けて世界に発信する、というプロジェクトの一環とのことで糞尿譚に重きを置くのは分かるが、恋物語はこのテーマをエンタメに昇華するための付録(?)だったのかとも思えてくる。職業に貴賤なしということだろうが、武家育ちの娘と下肥買いの若者が身分の壁を超えて愛し合う姿は見えず、恋物語の切なさも響かなかった。
でも奥に強い“志”のようなものは感じられ、作り手の想いを汲み取るべきかとは思う。今さら下肥は無理だが有機農業への理解を深めるとか、忌避されがちな職業従事者に感謝するとか、そんな気持ちが湧いてくる。教えられるところがある。寛一郎、池松壮亮の耐え忍ぶ頑張りに圧倒され、黒木華の表情の豊かさ、繊細な演技に魅了された。
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