ハル

658km、陽子の旅のハルのレビュー・感想・評価

658km、陽子の旅(2023年製作の映画)
3.8
引き籠もりでコミュ障の陽子(菊地凛子)が親戚と父親の葬儀に向かう。
父とは20年会っていない。
しかし、トラブルが起きて高速のサービスエリアに一人取り残され…
スマホも壊れ、お金もないからヒッチハイクして向かうしか無く、出棺予定は翌日の正午。
それまでに青森までの658kmを走破しなくてはならない、という過酷な展開。

僕は東京生まれ東京育ちなので、田舎に漠然とした憧れがある。
だからか、地方を巡りつつ郷土をめざすロード・ムービーに心が揺さぶられてしまった。
辺り一面、雪景色の圧倒的なパワーよ。

陽子を最初に拾ったおばちゃんはクセの強い毒舌キャラ。
言ってることも中々にエグくて、コミュ障でなくても口をつぐんでしまう…
例えば「サービスエリアにいる幸せそうなリア充家族が本当は嫌い、“事故って死んでしまえばいいのに”と、いつも心のなかで思っている」など(笑)
僕的に苦手な人種からのスタート。
ただ、困ってる陽子を乗せてあげてるだけでも十分親切だし、贅沢か。
パンも買ってくれて、まぁ根は良い人なんだろうな。

続いては若い女性のリサ。
彼女とはトイレ休憩所で知り合い、次の目的地へ行くための車を一緒に探すターン。
強く印象に残っているんだけど、深夜なので顔が見えず。
けれど、最後ちらっと確認したら見上愛だった。
流石に魅せるね。
若手女優の中でも需要が極端に高い彼女。仕草や所作に人を魅了する特別な何かを持っているし、河合優実と見上愛は今後も大注目。

陽子とリサの関係性はまるで姉妹のような雰囲気で微笑ましい描写も多くあったけど、1点不要に思えた設定が。
この子は恐らくLGBTQ関連の悩みを抱えていると思う…何でもかんでも結びつける昨今の風潮にはちょっと辟易(ここは推測なので真偽は不明)

そして、本作のハイライトは陽子がとある老夫婦に拾われるシーン(その前にキモいクズ男とのターンもあるが、そこは後ほど)
風吹ジュンと旦那さん役の二人がうますぎるんだ。
水知らずの他人へ愛情を注ぎ込むお母さんに一見ぶっきらぼうなお父さん。
陽子と二人きりになった途端「本当は知らない人の車になんか乗ったらだめだよ。気をつけないといけない」と諭すように語りかける温度感たっぷりの言葉、心が涙。
オダギリジョー演じる実際の父親がオーバーラップされ、彼女の中でなにかが変わった瞬間。
この二人に出会えたことで陽子は人として大きく成長したように思えた。
相手を慮れる器の大きな人と出会う経験、一生の宝物になったはず。

また、一連の陽子の行動を見ていて、自分だったらどうするだろうか…とも考えた。
コミュ障、対人恐怖症なことを考えると僕なら一度帰ってしまうかもしれない。
それから新幹線かな。
でも、家に戻ってしまったらもう向かわないと思うのが正直なところ。
それは、たぶん陽子も。
だからこそ、動き出すきっかけをくれたあのアクシデントは神様からの贈り物だったのかもしれないね。

ラストについても少々。
最近、僕が鑑賞している作品に通ずるのは終わり方がスマートな点。
グダグダ伸ばさずスパッと!
今作のラストも鑑賞しながら「ここで締めちゃおう!エンドロール差し込むならここ!!」と監督でもないのに勝手なイメージでディレクション。
そしたら、思い通りに切り替わってくれて…感無量。
見た方は分かると思うけど、この作品を終わらすポイントはあそこしか無いよね?
余白を残し、余韻を漂わせるエンディングが好きだ。

終盤、横の席にいた女性が嗚咽するほど泣き出し、終映後も止まらなくなっていた。
陽子と夫婦との交流のシーンに思いを馳せるような実体験があったのかな。
人の温かみに触れると自然に涙が出るというのは『生きている証』。
人に優しくありたいなと思わせてくれる、感情の機微に触れる温かくも厳しい作品でした。

〜余談〜
以前から気になっていた作品ということもあり、親友に勧めてみたところ、違和感を覚えるポイントがあったみたい。
そこについて細かく話してはいないけど、「SEXを条件に現地まで乗せる提案をしてきたクズ男と寝る選択をした判断」&「青森まで行くなら、自分を乗せてくれ!!」と、見知らぬ方へ半ば脅迫行為に出た部分だと考えている(あってるかな?)
確かにあそこは疑問符がついちゃう場面。それだけ追い詰められていた、の一言では説明不足かも。
そういった意味では完成度が高い!と一概にはまとめられず、人によって感じ方が大きく分かれる作品なのかもしれない。
ハル

ハル