こなつ

658km、陽子の旅のこなつのレビュー・感想・評価

658km、陽子の旅(2023年製作の映画)
3.8
第25回上海国際映画祭で3冠に輝いた作品。熊切和嘉監督、菊地凛子単独主演のロードムービー。

菊地凛子といえば、染谷将太の11歳年上の奥さん、少しミステリアスな雰囲気のある女優さんという印象が強い。

今回は、そんな彼女の真に迫る演技にただただ驚かされた。元々モデルもしていた菊池凛子はスタイルも抜群で、キリッとした顔立ちの印象があったにもかかわらず、本作の彼女はノーメイクでひたすら暗い。コミュ障という難しい役柄を体当たりで演じている。

東京で孤独な引きこもり生活を送る陽子(菊地凛子)は、42歳の独身女性。就職氷河期世代のフリーター。ある日、かつて夢への挑戦を反対され20年以上も断絶状態にあった父親(オダギリジョー)が、亡くなったという知らせを受ける。従兄の茂(竹原ピストル)とその家族に連れられ、車で弘前へと向かうことになる。途中予期せぬ事態でサービスエリアに置き去りにされた陽子。スマホは故障、所持金は僅か、やむなくヒッチハイクで北上することに。しかし陽子は、まともに受け答えも出来ず、人と話す事が苦手、空気も読めないコミュ障だった。翌日の父の出棺に間に合うようにと、追い詰められて必死になる旅の途中で色々な人々と出会う。若き日の父親の幻まで現れる。陽子の658knの旅が閉ざしていた彼女の心を少しずつ動かして行く。

人との関わりが薄い現代、コミュ障の人は結構多いのではないかと思う。挨拶も出来ず、何が言いたいのかも分からず、会話が成り立たない。そんな人が生きて行くには厳しい世の中だ。まして就職氷河期世代で思うように自分の道を見つけられなかったら、、陽子もまた自分の夢に破れ、辛い経験をして来たのだろう。何くそと立ち向かう強さがなかったのか、こんな自分で良いという諦めが全身から感じられた序盤。旅をしていくうちに少しずつ変化していく彼女の心が表情から所作から伝わってくる。

陽子が出会うのは自分のことしか考えられないような癖のあるシングルマザーだったり、風変わりな若い女の子だったり、気持ち悪いクズ男だったり、、散々なのだけど最後には温かな優しい老夫婦に出会い、観ている私達もホッとする。風吹ジュンは相変わらず味のある演技。

ずっと殻に閉じこもっていた生活を続けていても、たとえ決して若いとは言えない年齢でも、何かきっかけがあれば一歩前に進める。陽子を通してそんな事を感じさせてくれる作品だった。
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