ツクヨミ

658km、陽子の旅のツクヨミのレビュー・感想・評価

658km、陽子の旅(2023年製作の映画)
4.2
喪失から回復へ至る旅というよりかは、旅の過程で出会うヒューマンビーイングに重きを置いたロードムービー。
予告編にてわりかしコミュ障な女の喪失回復物語なんかなーって気になってた本作を鑑賞してみた。
まずオープニング、暗くて汚いアパートの一室でゆるーくテレワークする女性の堕上を眺めていく。ずぼら感丸出しでパソコンの画面と睨めっこ、食事はカップ麺で映画を見ていつのまにか寝落ちみたいな生活をゆるく描写。いかにも現代生活に疲れ切った終末女性像がいじらしくもなんかわかるわって感じた。
そしてそんな生活に悲報というか父が死んだという情報が親戚から届けられ、唐突に東京から青森へと半信半疑のまま連れて行かれる主人公。親戚のにいちゃんに対しても全然喋れないコミュ障さが増し、小さなか細い声で"信じられない"と嘆く様にリアリズムを感じた。あーここから嫌嫌な帰郷が始まるかと思ったら高速サービスエリアでちょっとした事件から一人になってしまう主人公、フェリーニの"白い酋長"が如くちょっとしたある意味コメディな展開になるのが面白い。
まあ本編は一人で帰郷する羽目になった主人公が金なし車無しでヒッチハイクしていく様をみていく、そこにはやはりというか人間関係に救われていくヴィム・ヴェンダース的なヒューマンビーイング感じるロードムービーが広がる。本当に出会う人々は千差万別で全く違うし、なぜヒッチハイクを受け入れたのかという助けてくれる人々の目的が違うのがまた良い描き方なんだな。あと車内での会話なんかジム・ジャームッシュの"ナイトオンザプラネット"っぽく見える雰囲気もあったりしてやっぱり人と人との対話によって紡がれるストーリーなんだなと感じた。
あとはロードムービー的な映像快楽がまた良い、高速道路でも時間帯によって見せる顔が違うというか。夜のパーキングエリアのシークエンスなんか一種の美しさすら感じるほど。東京から寒い青森までの旅なのでゆっくり田舎になり雪が徐々に見えてくる季節感までしっかり感じた。またやはり人間同士の会話の中で辛辣で辛い場面と人の暖かさが沁みる感じに涙するのは小津安二郎的なヒューマンビーイングまであるかと感じる、この旅で主人公は成長できたのかはわからないが、やはり旅の中で心境に確実な変化が起きたのは間違いない。そういったある種の心の旅路的な繊細さがめちゃくちゃ好きだったなと。
最後にやっぱり夜の寒空パーキングエリアはマジで最高のロケーションで、そこでヒッチハイク娘と戯れるシークエンスは素晴らしくヒューマンビーイングに溢れてて大好きでした。
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