自家製の餅

658km、陽子の旅の自家製の餅のレビュー・感想・評価

658km、陽子の旅(2023年製作の映画)
3.6
オフビートが徹底したロードムービー、ゆえにノーテンポにすら感じるほど動きのない主人公(半ば社会的に死んでいる娘が、物理的に死んだ父に会いに行くのだ)が、北へ向う事に言葉や感情のギアを入れる様子、その描写が丁寧だった。

ロードムービーといえば、昭和の傑作『幸福の黄色いハンカチ』のような快活さやコミカルさは一切ないが、ロードムービーとしての偶然かつ異質な者との出会いや、主人公の抱えるものといった伝統的な要素はしっかり押さえてある。
平成の就職氷河期と呼ばれる40代を主人公に、クソ化した社会の写鏡みたいなサービスエリアの冷たい人々、たまに乗せてくれる優しい人々、ぶち当たる悪意といったうつろいやシークエンスがよかった。

途中までどうなるんやこの展開…と、旅先で出会う人々を見て不穏になったが、ベタに温かい老夫婦との出会いで持ち直した。
社会と接点不良になったような主人公は、なんとか接点回復を試みるも、不器用で失敗をして泣きながら進む。救いのあるエンディングでよかった。
時折、美しい音楽はジム・オルーク。エンディングテーマは石橋英子が歌う、この優しさと包容。そういえばドライブ・マイ・カーもある種のロードムービーで、彼らの音楽だったな。