sanbon

しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 〜とべとべ手巻き寿司〜のsanbonのレビュー・感想・評価

3.6
僕たちに「しんちゃん」はいない。

前作が個人的にかなり良かったので、今作も引き続き劇場で鑑賞。

初の全編3DCGが売りという事で、脚本も人気作家「大根仁」を起用している意欲作なのだが、はっきり言って今回はそのどちらもが完全な裏目に出ていたとしか言いようがない。

まず3DCGなのだが、こちらはシリーズの中でみればルックスとしては新しいというただそれだけであり、CG"だからこそ"と呼べる効果まで生み出せていたかといえば全くそんなことはない。

むしろ、CGのくせにやたらともっさりとした挙動が目についてしまい、マイナスイメージの方が強かったかもしれない。

中でも、冒頭で「非理谷充」が警官に追いかけられるシーンなんかは、走って逃げているのに全くスピード感が無く、まるでニュースで流れる再現CGのような出来栄えで、なんであれでOKとしたのか分からない程のクオリティであった。

また、「クレヨンしんちゃん」の作画の醍醐味といえば、パースやアングルの法則を無視したような"誇張"を用いた大胆なタッチであり、CGのような整然とした描画では決して表現できない"手書きの良さ"にあると思っているので、そもそも今作は企画時点で趣向が作品自体にマッチしていないとも言える。

そして、なにより今作は脚本すらもが作品にそぐわないストーリーであり、ここに大きな批判が集まってしまっているようだ。

非リア充な男が超能力を身に着け闇落ちするというコンセプト自体は、それなりに面白味のある展開ではあると思うのだが、大根仁が思い描く弱男像がもはやステレオタイプで、一部の人種を狙い撃ちでかなり攻撃的に描写しているのは頂けない。

それは、確かにいつかどこかで聞いたことのあるような人物像で、かなり前から日陰者のイメージはこんな感じではあるのだが、今は令和で21世紀ももうすぐ四半世紀を迎えようとしているなかで、これではまるでアップデートしていなさ過ぎなのである。

しかも、そんな男が今回起こす事件が園児を巻き込んだ立てこもりというきな臭さ。

ただでさえ、あまりいいイメージが無い人物像を更に貶めるような"妙にリアル"な展開を描いているのだから、これでは"偏見をいたずらに助長"させてしまいかねない。

超能力ってフィクションだから、これもファンタジーだよねとは残念ながらならない。

更に今作が残酷なのが、この思うように上手く生きられない男の物語に、明確な解決策を提示せずに幕を下ろす点だ。

それこそ、ただ「がんばれ」としか言われないのだ。

いや、待ってくれ。

彼が、頑張っていない描写なんてどこにあった?

両親が多忙で、いつも家にひとりぼっちだった事が頑張ってない事になる?

幼少期から人付き合いが苦手で、いじめられていた事が頑張っていない事になる?

両親の離婚が原因で、卑屈な性格になってしまった事が頑張っていない事になる?

定職に付かず、ティッシュ配りのアルバイトをしているのが頑張っていない事になる?

プライベートでの交友関係に乏しくて、アイドルに依存しているのが頑張っていない事になる?

そんなことはない。

コミュニケーション一つとっても、誰とでも気さくに打ち解けられる人とそうでない人がいるように、人には大なり小なり得手不得手があり、苦手な事が多くなる程向き合わなくてはいけない事も多くなる。

そんな中でも、彼は彼なりに誰にも迷惑をかけずに慎ましくも自立しながら生きてきた。

今回の事件の発端だって、普通じゃあり得ない事が立て続けに起こった末での暴走だ。

根深い何かが彼の中にあったとして、それは彼のせいではない。

ましてや、彼のこれまで育ってきた環境が事件の原因では決してないのにも関わらず、今作はあたかもそれが発端かのように描き、そこにしんちゃんを介入させてそれを救済かのように描いている。

それで彼を救った気になったうえでの「がんばれ」なのだ。

そうして、彼のこれまでや、これからですら何も変わっていない筈なのに、それで一件落着のような顔をされてしまう。

これは酷いを通り越して、もはや"グロテスク"だ。

しかも、今作で明かされた彼の半生に、近からずとも当てはまる人生を送ってきた人間は多少なりとも確実にいる。

そんな、"悪い共感"を得てしまいかねないキャラクターにツラい現実を改めて突きつけて「それじゃどうしたらいい?」という問いに「がんばれ」しかアンサーを用意できていないのなら、この話はやるべきではなかった。

そのくらいには、子供向けアニメで取り扱うにはこの非理谷充というキャラクターが背負っている業の解像度はあまりに鮮明すぎる。

ましてや、劇中ではしんちゃんが彼の味方になろうと必死に寄り添う姿が描かれるが、現実世界にはもちろんしんちゃんはいないし、しんちゃんのように掛け値なしで寄り添おうとしてくれる人などほとんど望めない…いや、いる訳がない。

そんな現実を再認識させる為に作られた映画がこれであるというのならば非常に優秀な作品と言えるが、制作陣が想定したのは絶対にそうじゃない。

夢や希望を与える、本来低年齢層向けのコンテンツで一体何をやりたかったのか。

前作も、いうなれば学歴コンプレックスが根底にあるような、見る人が見たらシビアに感じる題材ではあり、元来しんちゃんはそういう風潮が少なからずある作風ではあるのだが、それでもこれまではその世知辛さをしんちゃんの世界観に上手く落とし込めていたからよかったが、今作はその境界線を完全に踏み越えてしまった感じ。

やるにしても、もっとファンタジーな感じにしてオブラートに包まなくっちゃいけないところ、今作はいやに生々しすぎる要素が目白押しといった具合。

こんなんだから、しんちゃん映画お馴染みの友情や家族愛が、今回ばかりは苦しくすら感じる程の責め苦に転じていた始末だ。

これはもっと、色々な大人が介入してブラッシュアップさせるべきであった。

これでは、素直に楽しめるのが正にリア充オンリーになってしまうのではないだろうか。
sanbon

sanbon