おいなり

君たちはどう生きるかのおいなりのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
3.9
宮崎駿の作品は、いつも「味の良い毒」を食ってるような感覚がある。
美味いんだけど、これ飲み込んでいいやつか?って気分になりながら、周りを見るとうめーうめー言いながらみんな食ってるから、仕方なく飲み込んでるような。
少なくとも僕より下の世代は、みんな幼い頃からその毒を摂取している。耐性がついているのだ。

宮崎駿の提示する難解なモチーフを完全に理解するには、僕を含め多くの視聴者はまだ若すぎる。
だから、全部をわからなくても悲観する必要はないと思う。美味いもんはただ美味い美味いと言いながら取り込んで吸収してしまえばいいのだ。良いものは栄養となり、そうでないものの大部分は……排泄される。

でも、時折冷静にならざるを得ない。
「みんなが美味そうに食ってるコレ、実は毒なんだよな」と。



これまで新作が出るたびに大声で喧伝し、金曜ロードショーで過去作を一ヶ月連続で放映し、海外でナントカ賞を獲得したとか、誰それの有名監督が絶賛したとか、そういう話でもちきりになる宮崎駿作品。
今回は逆に、ほとんど宣伝を打たないという、宮崎駿のネームバリューに全てを賭けた斬新すぎるマーケティングを打ち出したおかげで、3日前くらいまで今週公開ということを知らなかった。まるで地下の闇市に潜ったドラッグのディーラーみたいな売り方だなとは思うけど、馬鹿げた広告費を払って代理店を潤わせるような商売の否定は、ジブリくらいでないともはや出来ないだろう。

そんなわけで、あらすじも予告編も一切の前情報を出さないというジブリの方針に合わせて、感想も内容にはできるだけ触れずに出していく。作中にも登場する「原案」も読んでない。



モチーフは難解だけど、シンプルな古典的冒険活劇として面白く観れた。こういうところは宮崎駿のテンポのよい演出と、小気味良いアニメーションの成せる技だなと思う。
今までの宮崎駿作品の詰め合わせ的な、セルフオマージュのように見える部分もあるけど、そこに戦略的な意図は感じられなかった。今の宮崎駿にそんなサービス精神があるとはとても思えないので。


死んだ母と、父の再婚相手。そんな人間くさいモチーフから、よくぞここまでファンタジーに話を広げたなと思う。
とにかく次から次へとわけのわからないことが脈絡なく起きる。シュルレアリスムとリアリズムの間を行ったり来たりするような、不気味さと滑稽さの入り混じった、ジブリ版「不思議の国のアリス」といった様相を呈している。
ファンタジーとしてももちろん観れる。でもその根底にあるのが少年少女の成長物語というジュブナイルではないから、すごく違和感がある。といってもその違和感は個人的には好意的に飲み込めた。
どう生きるか、という問いは「どう受け入れるか」という意味に近いのかもしれない。戦争によって焼かれる街・人。そんな時代にあって、その火を焚き付けるヒトの「悪」を自らのうちにどう認めるか。


この作品は良く言ってカオスだ。戦争の悲惨さと戦争の美しさ、相反する愛憎を前作「風立ちぬ」で描いた宮崎駿のネクストステップが、ここまでの混沌だと誰が想像しただろう。
そのカオスを、丁寧に宮崎駿味の糖衣で包んだような作品。風立ちぬにも自伝的な意味合いが含められていたが、本作はさらにもう一歩踏み込んだ、宮崎駿の遺書のような作品ではないかと感じた。「俺はこう生きたぞ」とでも言うような。
人の人生というのはカオスそのものだ。



なぜ鳥なのか?なぜこの時代なのか?なぜ様々な「御伽話」をモチーフとして盛り込んだのか?難しいことはわからない。そういうことは頭のいい人が考えてください。
おいなり

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