しの

君たちはどう生きるかのしののレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
3.7
説教臭い話になるわけないとは思っていたが、ここまでとは驚いた。そもそも説教をする気がないし、誰かにどう生きるべきかを説く話ではない。老いて崩壊する老人も、それを見届けて帰還する少年も、どちらも宮崎駿なのだから。継承でも啓蒙でもないのが凄い。

ちゃんと包装した”最終作“は『風立ちぬ』がやったので、今回はどうケリをつけるかとか、誰に何を伝えるかとか、そういうんじゃない。過去作を振り返りつつ、それも今やモッサリと断片的にしか振り返れないけど、なんか良い思い出だったよね! そんじゃまた! という軽さがあった。

まず、この断片的イマジネーションの繋ぎ合わせ感は『パプリカ』を思い出した。キャラクターもドラマも設定も断片の繋ぎ合わせ。終盤では世界の形すら不定形になっていく。生と死、現在と過去、現実と虚構がないまぜ。そこで過去作オマージュがこれまた断片的に入れ込まれていくのは走馬灯的だ。しかもそれらがかつてのような快活さを失って見えてしまうし、劇中でも「魔法が弱っている」と言ってしまう。

例えば、今回は宮崎作品おなじみの「大口でガハハと笑う女性」は出てくるかなーなんてウキウキで観ていたら、「出てきた……出てきたけど、何?」となるのだ。このように過去作と共通する要素自体は多いし、ほぼそのまんまのカットもあったり、そもそもこの作品の構造自体が王道の異世界冒険譚なのだが(『失われたものたちの本』を下敷きにしているということだし)、それらが全く「かつての」トーンでは描かれない。起こる出来事はファンタジックでも動作は重たくリアルであり、死者の世界でも生者の世界でもあり、そして時制もバラバラで……。まさに夢を見ているとき、内容が支離滅裂でも平然としているあの感覚で全てが通り過ぎていく。

挙げ句の果てには、積み上げてきた13の過去作を墓石に例え出すという……。しかし、不思議と嫌な感じがしないのだ。それは本作がファンタジーであり、かつメタファンタジーだからだと思う。イメージの奔流であり、ツギハギでもある。黄泉の国であり、しかしそこでは生活が描かれる。

ここで志向されるのは、もはや強固な異世界ファンタジーではない。しかし一方で、過去作の相対化やアンチテーゼでもない。つまり何かというと、「現実/ファンタジーの中にファンタジー/現実を見出す」という監督の目線そのものなのだ。作品を創り上げる目線や影響を受けたものなどが断片的にごちゃ混ぜになっている自分の脳内、あるいは人生をそのまま出力すること。その全てをぐちゃぐちゃの闇鍋状態にして一つの「ファンタジー」にしてしまったのだ。自身の矛盾や欺瞞と大真面目に向き合う段階は『風立ちぬ』で終えたので、あとはただ正直であること。現実と虚構、みたいな相対化や自己批評性は不要で、ただ僕らはイメージに生きたんだと言っているようだ。

そんな世界を前にして、「これを建て直して美しく平穏な世界を永続させてくれ(=美しく強固なファンタジー世界をいつまでも創り続けてくれ)」と願う老人と、「いやそこにそんな固執しないでいいです」と帰還する少年とが置かれている。つまり自身のファンタジーに対する分裂したスタンスをそのまま描いてしまっている。

そう考えると、確かに本作は生前葬的かもしれないし、実際死の匂いはプンプンするのだが、しかし自分はもうダメだと吐露するような内容ではないと思う。むしろ全く悲観的ではなく清々しさすらあって驚いた。こういうイメージ良かったよね、と確認していく夢。そしてその結論は、「ファンタジーにそんなに力はないけど、でも友だち」なのだ。なんと清々しいことか。

従って、あのラストは「終わり」というより、「終わりについて真面目に考えなくていい」という結末だと受け取った。綺麗に積み上げたキャリアをなんとか保存しなきゃ、延命させなきゃ、という意識そのものが邪魔ということだろう。自分はこう生きた。友だちもできた。君はどう生きる? そういうことだ。

正直、期待していた内容ではなかった。ジブリは倫理とか道徳とか、あるいは人はこういうことが大事だ、みたいなことを大事にしていたと思うし、今やそういう根本的な大命題をエンタメで扱う作品をめっきり見なくなった気がする。それでいくと『君たちはどう生きるか』なんて小説からしてど真ん中だし、その意味でも衒いなく大命題を扱ってくれるエンタメ作品を期待していたのだ。それは叶えられなかったが、しかし不思議と裏切られた感はなく、むしろそういう「期待」から作り手も受け手も解放される感が清々しくすらあった。

だから自分は本作を嫌いになれないというか、むしろ想像以上に好きかもしれない。もちろん、ジブリベスト10とかに入れる作品ではないし、まずそういう土俵に立っていない。完全にボーナスステージだ。そしてそんな作品に日本全国を巻き込めるのは、後にも先にもこの人くらいだろうと思う。魔法が弱くなったことを自覚的に描くことで、今までの作品はより光り輝くし、こうなったらこの後どう終わっても良くなる。ひょっとしたらこの後また短編を作るかもしれないし、何をしたっていい。我々もトトロを観たければまたいつでも観ていい。しかしそこには確かに、監督が連れてきてくれた「友だち」に支えられた生があるはずだ。

※感想ラジオ
【ネタバレ感想】ジブリの走馬灯?本当にこれが最後?『君たちはどう生きるか』は何を問いかけるか https://youtu.be/_myT27Nf_ic
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