ぼさー

君たちはどう生きるかのぼさーのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
4.4
主人公の成長を伴う冒険譚の構造。鑑賞者は物語の当初から最後にかけて主人公の成長を見守る構成であり、主人公以外の登場人物や登場鳥はあくまで主人公の成長を促すためのきっかけや障害といった装置の一部という演出。

主人公は物語の過程のなかで何度か選択肢を迫られ、そのたびに自らの意志で選択するシーンが描かれる。『君たちはどう生きるか』という人生の選択肢を意識づける題名をつけているので、作中の選択肢シーンは宮﨑駿監督のメッセージと捉えるとよさそうだ。

さて『君たちはどう生きるか』の君たちとはどの年代の誰のことだろうか?主人公は中学生くらいの少年である。「君たち」はまさか私のような中年のことではあるまい。中年の私が自己投影しながら観る物語ではないことも鑑賞していればよくわかる。多感な思春期を送っている少年少女を中心に前後5歳くらいの世代範囲のことだろう。

情報化社会になったとはいえ社会人になる前の半人前な少年少女にとって世界はまだまだ未知なるもののはずであろう。大人たちが作り上げて運営している社会はファンタジーのごとく不可思議で溢れている。少年少女の多くは、それを理解したいとも思わないだろうし、いつまでも無責任に子どものままでいたいと思うだろう。そういう子どもからみた社会の不思議を実にファンタジックに表現するのが得意な人物が宮﨑駿だと思う。

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冒険譚を通して眞人は次のことを理解していき成長していく。
・生物は他の生物を食べて生きていること(食物連鎖)
・生きていくためには働かなくてはならないこと
・老婆衆は自分の味方であること
・死んだ母は現実世界にはいないこと(今や異世界の住人であること)
・夏子を家族と認めること
・夏子のお腹にいる子が自分の弟/妹と認めること
・助け合ったアオサギを友達と認めること

また、冒険譚のなかで眞人は次の選択肢を提示されて自ら選択していく。

1)(キリコは行くのを拒むなかで)現実世界から離れて異世界へ夏子を助けに行くか否か
→異世界へ行く:リスクを取って前へ進む、冒険心

2)132番のドアを開けてそのまま現実世界に戻るか否か
→現実世界に戻らない:やり遂げるまで安住せず目的に執着する

3)大叔父の後継者として、ひとり石で積み木するか否か
→石で積み木しない:ひとりで世界を作り上げるのではなく、家族や仲間と世界構築することを選ぶ

特に3)は宮﨑駿監督が最も伝えたいメッセージだろう。大叔父は俗世から離れて一人塔に引きこもりいなくなってしまった。大叔父は天国のような楽園の地で一人で世界を構築していることが明らかになる。

家族が生活の面倒を見てくれるなかで勉強も働きもせず、エアコンが効いた居心地の良い部屋に引きこもって、ゲームなど好きなことをして自分の世界を構築し続ける人たちが現実の世界に多くいる。そういう人たちを大叔父に見立てていたように思う。眞人はその居心地の良い一人世界構築を選択せず、家族や社会と共に暮らしていく道を選ぶ。

眞人は大冒険の末に楽園に辿り着いたけれども、大叔父はおそらく大冒険せずに、空から塔が降ってきて財力で汗もかかず塔を建て直して楽園の住人となった。

社会を知らない少年少女は保護者の保護下で安穏と暮らせうるケースが多いと思うので、大叔父と同じような生活を送っている人は意外と少なくないと思う。

しかし、自らの力で大冒険の末に楽園に辿り着いた方が面白くない?楽園には辿り着いたとしても一人で生きていくのは寂しくない?

社会を知らない少年少女に対して、宮﨑駿としての問題提示と問いかけが込められていたように思う。

君たちはどう生きるか。
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