故ラチェットスタンク

君たちはどう生きるかの故ラチェットスタンクのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
4.4
『OUT OF CONTEXT STUDIO GHIBLI』

 冒頭の火事の中を眞人が走るシークエンスのアニメーション、歪み曲がりうねる人々の輪郭が本作の朧げで夢心地な感触を全て物語っている。「警報を聴き起きる」ことを起点として始まることからも一貫している。また、芯にあるエネルギーを感じさせながらも落ち着いた芝居が本作のなだらかなトーンを助長している。夏子さんの乗る人力車が止まるアクションひとつとってもそうだ。重心も軸もあるが、ゆとりがある。ゆったりとしている。120分のランタイムで話が動くまでに30分かけている点からも言えることだろう。

 そういった生理に下支えされて描かれる、断片的なイマジネーションの前衛的な連関がとにかく好きだった。今敏の『パプリカ』、もしくは非常にナンセンスな押井守の作品群と似たようにその監督の手癖や演出を見るものであって、超越現実的な雰囲気、無意味な言葉が耳を撫でる、その感触を楽しむものである。整合性や分かりやすさを求めるものではない。ハマる人にはハマる。そういうものだと思う。SF映画におけるデカいオブジェクトのカッコ良さとか、アクション映画のアクションとか、それと大差なく、「人それぞれの原初的な欲動を刺激するもの」で今作の大半は構成されていると思った。

 (布越しでも伝わる)死人によく似た人間に触れる恐ろしさ、内蔵物の詰まり方のあり得るあり得なさ、意味ありげな儀式を挟む意味のなさ、段階を踏まない会話のリアルさ、などなどとにかくデフォルメとデッサンの効きまくったセンス・オブ・ワンダーの連発。上昇と落下は宮崎駿のシグネチャーだが、今作は割れた海を苦労しながら渡っていくクライマックスが白眉。意味不明な感慨。泣きそうになった。こういった感動を単純には言葉に出来ないのをもどかしく思っていたが、ドアをくぐり抜けたインコたちが萎んでいくあの姿を見て何だか納得した。

 意味は見出せる作品だとは思います。そして、それはそれでやるとして、大前提は一つ。「観て浸って忘れる。」それで十分なのではないでしょうか。末尾の5分とか、それぐらいをぼんやり覚えておいて、あとは断片的に思い出せば。

 寝る前に見て、起きて忘れたりしていると完璧な映画だと思います。夢映画。

追伸:
・ヒミの声がコロコロしていて良かった。心地よい。
・青鷺:菅田将暉さんなのは全く分からなかった。
・木村拓哉さんの父親の憎たらしさが良い。
・オババたちの描き分けが意味のわからない手腕で度肝抜かれた。手練手管〜。