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君たちはどう生きるかのsowhatのネタバレレビュー・内容・結末

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
1.0

このレビューはネタバレを含みます

【誰もいない広い部屋で一人積み木遊びをする天才老人は監督の心象風景か】

最初の舞台は戦時中の東京で、主人公は小学生の男の子、牧眞人です。
戦争の3年目、彼の母親は入院中の病院で焼夷弾に焼かれ、亡くなってしまいます。
戦争の4年目、彼は父と二人、疎開のため、母の故郷である田舎町の駅に降り立ちます。

母の実家は大豪邸で、何人もの使用人がおり、彼は「坊っちゃん」と呼ばれ、何不自由のない暮らしが始まりますが、彼の心には3つの暗い影が宿っています。

①優しく美しかった母を救えなかったこと
②母の妹である若く美しい夏子さんが、父の子を身ごもっていること
③田舎の学校で喧嘩をふっかけられたこと(彼は事を大きくするために自傷行為に走ります)

母の死から疎開までは1年間。その短い間に彼の父は母の故郷に軍需工場を建設し、さらに母の妹を妊娠させたことになります。そんなやり手のパパですが、俗物というわけでもなく、息子である眞人には大変優しい男です。とても「戦時中の父親」には見えず、「カローラに乗った木村拓哉」という雰囲気。息子が学校でいじめられたと聞けば、すぐに学校へ飛んで行き、大金を寄付して影響力を発揮しようと頑張ります。おそらくこのパパは戦後民主化された日本を背負って立つ人間になることでしょう。このまま徴兵されなければ、将来有望です。

現実世界で活躍する父とは対象的に、眞人は異世界へ足を踏み入れていきます。始め敵対していたはずのアオサギはいつの間にやら友達に。なんとも都合のよいアシスタントキャラです。その世界には凶暴なペリカンたちや人喰いインコたちがいますが、人間はアシスタント係のキリコ、夏子、若き日の母、年老いた大叔父様の4人だけ。みんな眞人に親切です。親切どころか、「殿様」としてこの世界に君臨する大叔父様は、初めて会った眞人をいきなり跡取りに指名します。「血縁者」「いい若者だ」という理由で。眞人は大きな障害や他者との葛藤を乗り越えたりもしません。ただ駆けずり回っただけ。
この世界には彼をいじめる悪ガキもいませんし、恋に落ちるべき少女も存在しません。血縁者とアシスタントだけ。この既視感にあふれる異世界は、宮崎監督の内的世界でもあります。広大な部屋で一人、積み木を弄び、跡取り確保に失敗し、世界を崩壊させた大叔父様は、宮崎監督自身でもあります。なんとも空虚で退屈な心象風景です。

「跡を継いでくれ」という大叔父様の願いを拒絶し、眞人は現実世界へ戻る決断をします。その理由は「友達を作りたいから」。ぬくぬくとした異世界に引きこもっていても友達もできないし恋もできないし成長もない。大叔父様を見て、彼はそのことに気づいたのでしょう。本作のタイトルは「君たちはどう生きるか」。本作のメッセージは、「映画館でポップコーン食いながらアニメなど観てないで、友達と遊びに行け!孤独な殿様になどなるな!」ということでしょうか。すべてがあらかじめ準備された「坊ちゃま」が母の死、父の再婚、いじめなどのストレスで内的世界へ退行し、そこから出てくる決断をするまでの、ぬるま湯のような優しい物語でした。いつか眞人が、母の一族の血縁や父の財力などから離れ、一人の人間として自立する日が来ればいいのですが。

本作で一番魅力的なキャラは人力車を自転車で引いているじいさんです。「わが町」の他吉のようです。彼だけは本作で唯一地に足をつけて生きている人間のように見えました。このじいさんこそ、「真実の人間、眞人」という名にふさわしいのではないでしょうか。セリフはほとんどありませんでしたが。
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