Tully

君たちはどう生きるかのTullyのネタバレレビュー・内容・結末

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

物語は様々な奥行きや謎を示しつつも、もののけ以降の宮崎作品に見られる 「とってつけた感の大団円」 が本作でも見て取れる。とってつけた感と言ったが、決してそれを否定しているわけではない。宮崎駿が大団円で締めくくるのは、どんなに抽象的になってもギリギリでエンターテイメントとして成り立たせようという配慮と思う。またそれは、どんなに現代や人間に絶望しても最後は信じようという特に子供を対象としてきたアニメーターの覚悟だと感じる。本作においても汚れた現世を見捨てずに主人公は帰ってくるし、そこに一切の迷いは無い。「君たちはどう生きるか」 この原作は個人的にはバイブルと言っても良いほど思い入れのある作品だ。だからこの企画が始まった当初から楽しみであり、また絶対に原作通りの話では無いだろうと思っていた。蓋を開ければ予想通りだったが、予想外だったのは作中でこの原作が出てきたこと。それだけでなく、主人公がこの本を読み、涙したことだ。原作を読んだ人なら分かると思うが、その読み方が真剣であればあるほど原作は泣ける本である。宮崎駿も泣いたのかと思うとそれもまた親近感が沸く。この原作が作中で出てくるシーンは物語的にも中間、体感時間としても中間のまさにターニングポイントだったと思う。つまり、ここで明確に示されたのは本作は 「君たちはどう生きるか」 を読んだ青年がどう行動したかを示す映画であり、さらに言えば、この映画を見た観客も見た瞬間から生き方を変えることを問うているように感じる。では、この映画自体は観客にどんな生き方を問うていて、果たしてそれは成功していたのだろうか?宮崎駿という人はその初期の作品からテーマは一貫している作家と個人的には考えている。だから、本作で改めて観客に人間としての生き方を見せることも、まして説教を垂れるような下品なこともしない。やはり、自然と過去作でのテーマ、物語に似た作品となってくる。本作ではその気になれば過去作の全てのオマージュを見つけることが可能だ。ただし、本作で描かれた過去作とは決定的に違うものは異世界を完全に死の世界、もしくは前世の世界として位置づけて誤読の無いように台詞としても定義したことだ。つまり、人が生まれる前の姿を具現化したモノ、世界が描かれている。その世界にいる人は時と場所を超えて存在し、現世に生きる人は人形となっている。主人公は自傷行為と傷の経緯を隠し、母亡き後の父の新しい女性に馴染めずにいる。なんとなくだが、この女性は主人公の自傷行為もその理由も知っていたように思う。また、主人公の方も女性が一人森に行くのを止めるでもなく、それでいてそれがどれだけ危険か知っていたように思う。主人公がこの女性を救いに行こうと思ったきっかけが 「君たちはどう生きるか」 の本だった。具体的に涙した本のシーンは出てくるが、この本の具体的なエピソードが彼の行動の原動力になったというよりはこの本全体で示される 「人間とはどうあるべきか」 に彼は突き動かされたように思う。核心に迫るが、主人公は異世界で躊躇なく危険に飛び込み新しい母を救おうとする。現実でこの新しい母と暮らすことを受け入れたと言っていい。本作のカタルシスはまさにここにあった。序盤から主人公とアオサギのやり取りは主人公側の夢とも妄想とも取れる描かれ方をしており、異世界話全体が主人公の夢とも取れる作りである。描かれたのは亡き母の亡霊から新しい現実の母を受け入れ、その過程においてこの主人公は人として成長したということだ。さて、この映画が問うているものは勿論人それぞれ異なり、受け取り手によって成功とも失敗とも言える。ある人は過去のテーマを引き継いでもキャラクターやお話は魅力的ではないと言うかもしれない。しかし、私は思う。宮崎作品に一貫し、本作の主人公も見せてくれたそのひたむきな真剣さと人間性に十分監督の思いは凝縮されているのではないかと。君たちはどう生きるべきかは確実に示されていたと思う。
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