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ゴジラxコング 新たなる帝国のsatoshiのレビュー・感想・評価

3.2
 事前情報と景気のいいポスターと予告から、公開前よりバカ映画と認知されていた本作。しかし見てみると、想像を超えたバカバカしさを備えた怪作だった。バカバカしさもここまでくればもはや清々しさすらある。

 本作の主人公は怪獣である。人間は出てくるけど、怪獣の舞台設定を整えるくらいしか機能していない。『ゴジラVSコング』からこの傾向は存在していたが、遂に完全に放棄した。まぁそれはいいよ。しかしである。本作では、怪獣たちは人語を話さないのである。怪獣たちの会話は基本「ウホウホ!」か「ガアアア!!」か「ギャオオオオ!!!」しかない。そんなシーンが大半を占めているのである。日本の『ゴジラ』シリーズでも怪獣同士の会話は存在したが、通訳がいたり、吹き出しになったりしていたのに比べれば、これはもはや狂気と言っていい。一線を超えすぎだし常識も変わりすぎである。

 しかも凄いのは、怪獣が何を言っているのかが分かる点である。そしてそれは日本のヤンキー漫画的台詞として翻訳される。スカーキング(コイツの型通りすぎる「独裁者」ぶりがまた凄い)がコングの差し歯を馬鹿にしたときは「コイツ差し歯だぜ!」という台詞が、モスラがゴジラを説得しているときのモスラの「アンタ、何意地張ってんの?バッカじゃないの?」という台詞が、そしてゴジラの「チッ・・・分かったよ。だが勘違いするんじゃねぇ!俺はあのとき(『VSコング』)の借りを返すだけだからな!」という台詞が、そして2人で走っているときは「行くぞゴジラァァ!」「うるせぇ!俺に命令すんじゃねぇ!!」の台詞が確かに聞こえた。この唯一無二の体験をするだけで本作には価値がある。

 また、それ以外にも、本作には思考を停止せざるを得ない点がある。人間が虚無的だという点はこの際良いとして、都市の破壊と人間の被害が何の批評性もなく描かれる。もはや人間の街は壊されるために存在しているミニチュアなのだ。そして、ゴジラが世界を守ったとして、全てが不問に付される。全てが怪獣ファーストの世界だが、突っ込んではいけない。ここまで衒い無く見せられると、もう真剣に考える方がおかしく思えてくる。このような点もある、本作はなかなか異常な映画だと思う。

 これは実は、東宝の『ゴジラ』シリーズが過去に歩んだ歴史と似ていると思う。昭和のシリーズは予算削減に伴い、どんどん作りがチープになり、珍妙な設定や出来の作品が増えた。本作はその歴史を正しくなぞっている。しかし違う点は、本作はそれをあくまでも大真面目にやっている点だと思う。おそらく、作り手は分かっている。「怪獣が会話する」ことが、怪獣が協力し、敵と立ち向かう、擬人化が如何にバカバカしいかを。それを衒い無く見せているこの胆力に脱帽である。ここまでやってくれればもう参りましたと素直に楽しむことしかできない。この点で、本作は世紀の怪作であり、ある意味必見だと思う。
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