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ザ・キラーのTnTのネタバレレビュー・内容・結末

ザ・キラー(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

 カルマなんて無いはずの人生が一発のミスで色めき出すのは、人間、どこかでもがき苦心する方に生を感じるからか。The Smithのベストアルバムそのまま垂れ流すかのような風でいて、奇妙に楽曲とマッチしたシチュエーションに、彼の物語が始動したことを感じる。失敗からしか始まらない人生、皮肉にも成功ルートは今皆が歩いている道なわけだ。

 The Smithの主観と客観の切り返しのくどさ。フィンチャーは切り返しとはくどくハレーションを起こすものであると強調してるかのようだ(「ソーシャル・ネットワーク」も然り)。切り返すことで消失しがちな距離や断絶を浮かび上がらせる。また、やたら航空券受け渡しのやりとりもくどく繰り返されるが、そこで起きる切り返しは、無名であるはずの主人公こそ一貫して存在し、受付という役割だけの無名の人らとの対比によって彼がはっきり形づくられるのがわかる。パスポートじゃアイデンティティは証明できんのよと言わんばかりに。もしかしたら安部公房的なのでは?

 突然の大きめなPortishead楽曲も嬉しいが、単に尋問をかき消すためにその場で流れていたかのような、無作為さがフィンチャーらしい。そこにぴったりで無い楽曲の不憫さをいつも面白く楽しんでいます(「ドラゴンタトゥーの女」のEnyaのことです)。正直、あのソリッドな画面に合う曲がそもそも無いのでは?トレント・レズナーを除いては。

 独白はやたらと数字を強調する。全てを数字で判断し、少数でなく多数のうちの一人でしかないと自身を位置付ける。しかし、あの失敗は一時的に彼を少数に押し上げた。それ故にあまり意味を為していないような復讐による殺人が展開される。どれも正直死に値する程の動機を感じない。タクシードライバーなんてまさに。ティルダ・スウィントンなんか映画としては死な無い方が面白そうなのに。ほんでトップは映えない実業家みたいな出で立ちだし(後ろのディスプレイは株価変動の棒グラフ)。

 自身を多数と言い聞かせては、その少数へと確変するのを密かに期待するのだ。ラストの目元のヒクつきはそれを物語る。「10トンのトラックが僕ら二人を天国に送ってくれたらどんなに幸せか・・・♪」、そんな不運を密かに期待して。あの映画というスターダムから観客に語られる主人公の独白には、まさに我々もまた少数に憧れていることを浮き彫りにする。

 にしても「僕は君らと同じ一般ピーポーだ」と言って、彼女と並んだ画での終わり方といい、主人公が名無しで偽名で生きてたりあちこち移動したりするのといい、「ファイト・クラブ」の片鱗が見えて嬉しい。テーマは一貫しているんだなと。

 街は勝手に綺麗になる。物的証拠は意外にも容易に散逸するのが現代かもしれない。閉まりかけのオートロックドアは抜け穴であるというライフハックと、スマホとAmazonも使いようだなと。

 あちこち行くその土地の雰囲気によってカラーグレーディングを変えている。パリはパリらしく、ドミニカはドミニカらしく。画面に飛行機が入るタイミングやらCGもふんだんに使って寸分違わず計算づくされた、まさに主人公の生き様とリンクした作り込みだった。
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