木蘭

ナチスに仕掛けたチェスゲームの木蘭のレビュー・感想・評価

3.6
 ツヴァイクの名作『チェスの話』を映画化した作品だが、なかなか評価が難しい作品である事は確かだ。

 大胆な脚色がされているといえばそうなのだが、意外と原作をなぞった描写も多いし、粗筋だけ読んだら大体同じ様な気もする。
 元々空っぽだった人間と、人為的に空っぽにさせられた人間とが、共に生き延びるのに寄る辺としたチェスという共通の遊戯で相対する・・・というクライマックスも共通だ。
 尋問官とチェスの世界王者とを同じ俳優に演じさせるなど、ナチへの抵抗の要素を主軸にしているが、バルトーク(原作ではB博士)の逃れようのない狂気と悲劇を描いているのもそのままだ。

 だけど違うんだ。全然違うんだ。

 観客に背景が理解しやすいようにオーストリア併合の様子をわざわざ描いたりするのは分かる。
 ゲシュタポの尋問官や夫人、情報提供者とか、原作には無い登場人物が出てくるのも気にならない。
 ナチの残酷さと恐怖を描く為に、原作には一切無い、直接的な暴力や死を描くのも、まぁ・・・有りなのかも知れない。
 尋問官とチェスの世界王者とを同じ俳優に演じさせた様に、ナチへの抵抗というテーマを中心に持ってくるのも良いだろう(B博士と世界王者の対比部分は、都会のエスタブリッシュメントであるツヴァイクの、田舎の下流庶民への差別心が色濃くて、描くのが難しかったんだろう)。
 主人公の狂気を描く為に、物語にトリックを組み込むギミックも良く出来ていると思う。
 映像も悪くないし、俳優達も熱演している。

 でも違うんだ。違うんだよ!

 なんだ、コレじゃ無い感は。
 80年前に書かれてもなお魅力的でユニークで残酷な原作に対して、なんかどっかで見た事あるよなぁ・・・という既視感のある要素を組み合わせた新鮮味の無い作品に仕上がってしまった様に思う。

 原作に思い入れのある人間の戯れ言でした。
木蘭

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