コマミー

ナチスに仕掛けたチェスゲームのコマミーのネタバレレビュー・内容・結末

3.9

このレビューはネタバレを含みます

【特別処理】





前情報なしで観て正解だった。
私が勝手に想像していたのは、いわゆる"チェス"を使った逆転劇だ。チェスを使って"ゲシュタポ"の奴等を見返すという物語だ。

だが中身を開けてみれば、そこには"絶望の物語"が広がっていた…。

本作は「マリー・アントワネット」などで知られるオーストラリアのユダヤ系作家:"シュテファン・ツヴァイク"の小説「チェスの本」を映像化したものである。ツヴァイクの本はことごとく読んだ事はないのだが、私は本作を観て、ツヴァイクが見た"この世の惨状に対する絶望"というものを感じたのだ。
本作で描かれるナチスドイツの現状というのは更に激化していて、その批判や規制の矛先は主人公の様な"金持ち"にまで影響していたのだ。勿論これも拘束され、金持ちは一般人とは違って「特別処理」として、"ホテルの家具だけの一室"に閉じ込められ、本を読む事など他の事を部屋の中でする事でさえ許されないのだ。主人公にとって、チェスをする事や本を読む事は生きがいなのだが、勿論それを奪われる。

そして物語はより精神的なものを突いてくる。
"2つの時間軸"の中で物語が繰り広げられるのだが、ホテルの一室のシーンと後"クルーズ船でのシーン"を交差させて物語は進んでゆく。これは監禁されて"精神が衰弱"しきった主人公の精神の浮き沈みのシーンだと考える。ちなみにこのクルーズ船でのチェスの"対局シーン"があるのだが、これは主人公が"経験した事ではない"。物語を思い返してみても、どうも主人公の出来事と辻褄が合わない。
…そう、これも実に主人公の精神状態をよく表現できてるシーンなのだ。仮定の話だが、仮に家具も何もない部屋に閉じ来れられたとしよう。食事もまともに与えられず、何も持ってないのでおまけに何もやる事がない。何もやる事がないのなら、「別のものになる」という空想を行うしかない。主人公のホテルのシーンとクルーズ船のシーンはつまりこういう事と一緒なのだ。もっと言えば、チェスや将棋と同じく、「監禁」と言うのは"心理戦"なのだ。

これは同時に、ツヴァイクの絶望と無念が綴られたものでもある。実際この「チェスの本」を書き上げた後、亡命したイギリスからアメリカ、そしてブラジルに移り、そこで妻と共に薬物自殺をした。彼の"反戦"を訴えながらも叶わなかった絶望の感情が、この原作には書かれているのだなと感じた。

主人公を演じた"オリヴァー・マスッチ"の演技が本当に素晴らしかった。徐々に衰弱し、精神状態が壊れていく主人公を観てると辛くなるくらいリアルな演技だった。マスッチは「帰ってきたヒトラー」でヒトラー役を演じていた。

戦争が齎す日常の変化…奪われく自由と言うのがとてもよく表現されており、平和の大切さを身に沁みて感じる事ができる作品であった。
余談だが、支給されるカピカピのパンを使って作るチェスの駒があまりにも完成度が高くて凄い驚いた。暇つぶしへの執念が高くなると、人間の可能性は無限大なのだなと感じた。
コマミー

コマミー