Ryoma

アンダーカレントのRyomaのレビュー・感想・評価

アンダーカレント(2023年製作の映画)
4.3
様々な角度から被写体を捉えた撮影でまず引き込まれる。俯瞰的に日常を淡々と映し出していたかと思えば、人の心情に迫ったシーンでは人に焦点を当てた画角を全面に使った手法が用いられ洗練された映像を堪能することができた。
秀麗に映し出された映像においてフェードアウトからの次のカットの始まりがどのショットも独創性に優れ凝っていて一種の写真集を拝見しているかのよう。特に光が反射して青く澄んだ水面が神秘的で幻想的すぎて弾け飛び舞う水飛沫や真木さんの揺れ動く髪含めてすべてが美しかった。製作陣の美的センスの高さが窺えた。
それぞれの人物が抱えた苦悩や境遇が明らかになることで見えてくる、過去への対峙・向き合い方、メディア等で映し出される社会に存在する表面的な事件や物事への向き合い方や受け止め方など、様々な事柄への問題提起が為されていたように感じ、恋愛映画の名手と呼ばれる今泉監督の印象をいい意味で払拭する重厚なヒューマンドラマに感じた。それでも、それぞれの人間模様が解かれていくミステリー要素を合わせた上で、“誰かを愛する“とか“誰かをわかる“とは…など、人間の心理の奥深くに迫った表現手法・描き方は流石だなと感じた。
“アンダーカレント“とは、“発言の根底にある抑えられた感情“や“水や空気などの底流“。人の心情と自然現象というこの2つの相反するような意味が上手く準えられ組み込まれた脚本が素晴らしくて、その繋がりや伏線を探し考えるのも醍醐味ではと感じた。相手の人柄や気持ちを知った気でいても、人が発する言葉や起こす行動には、暗喩的に意味するメッセージや意志があることもあり、純粋に人の気持ちは難しいなと思った。それでも、相手が何を求め感じているのか理解できる自分でありたいし、心の底から本当の意味で分かり合えたらこれほどの喜びはないなと感じた。また、相手を傷付けたくないがために嘘をついてしまったり関係を絶とうとしたりしまうのが人の優しさでもあり弱いところでもあって…素直に思いを打ち明けた時の恐怖や心配は計り知れないけれども、心の声に傾け思いを伝えることこそ相手への“おもいやり“なのではと感じたし、実際に思いを伝えてくれた相手の気持ちは大切にしたいなと感じた。
そのことを踏まえた上で、たとえ身近な人やこれから新たに出逢う人が美辞麗句を重ね着飾ってしまっても、それは自分を傷つけないようにするためのその人なりの優しさであると信じていたい。
そして、自分が思い込んでいる“自分“は思っているほどそうではなくて、周りが思うほど自分のことを理解できていないのかもしれない。だからこそ、思い切って自分の心の声正直であることが大切なのかもしれないなとも感じた。
多くを語らない展開やピアノを基調とした耳心地の良い優しい音楽、それでいて観る者を置いてけぼりにさせない精緻な脚本に魅せられた。本作の音楽を担当された細野晴臣さんというと、星野源さんが好きだというイメージが先行して実際にあまり触れたことはなかったけれど、本作では主人公の揺れ動き葛藤する複雑な心情に呼応するかのようなシンセ調の音楽が良かった。
私生活により近しい違和感のない長めの間から発せられる演者さんの言葉の中のふとした一言が自分の世間に対する考えにフィットして響いたり、今泉監督や製作陣含め彼らが創り纏い醸し出す空気感が本当に好きだったり、今泉監督作品、映画館で観れて本当に良かった。深い余韻に浸れる素敵な作品。
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