レインウォッチャー

アンダーカレントのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

アンダーカレント(2023年製作の映画)
3.5
これは我ながら穿った、斜に構えた、いけ好かない、しかし正直な感想になるのだけれど、「なんて丁度良い映画!」だろうか。

映画のまとう文学的な品性のようなものはとても高い。薄曇りの空とブルーの濃淡でチルにまとめられた画面、演者たちは誰ひとり騒いだり喚いたりせず適材適所の絵力をもたらし、細野さんによる音楽は静かに、しかし確実にそこに潜んだ歪みを伝える。

なんとも詩的…に思えるのだが、実は余白は思いのほか少ない。めちゃくちゃ親切設計なのだ。

「人をわかるって、どういうことですか?」
こんなテーマをはっきりと言葉にし、丁寧に念入りに語らせる。これは冒頭から提示されるいくつかの謎や、主人公をうっすらと包む綿の雲のようなメランコリーと結びつき、答えもすべて見せてくれる。
人は時に自分自身すら騙せる、なのに他者を信じたくなってしまうのなぜか、誰かと寄り添い生きることに意味はあるのか。そんな問いを振り撒いてからの…のラスト30分は、ほぼ《解決篇》とでも呼んでよいのではなかろうか。

語弊がありまくる気もするが、あえて言うなら芥川賞的と思わせて直木賞的、とでもいおうか…しかし、なにも貶したいわけではない。凡百の芸当ではないと思うからだ。

過去作を観ていても、今泉監督はどこまでを「言うか、言わないか」「腑に落とすか、落とさないか」みたいな間合い管理が卓越していると感じる。作品とターゲットごとに調整をして、どこにポケットを作るかを定めているように思う。(原作の有無なんかも関係しているだろう。)

それでいてちゃんと彼の映画だ、とわかるし、今作はもはや匠の技だ。ふだんエンタメ寄りが好きな人もアート寄りが好きな人も、多くがカルチャー度の高い良い映画を摂取した、と収まりよくしみじみ帰途につけるだろう。
ただ、去年の『窓辺にて』の「浮き感」にいたく持って行かれた身としては、「まだ隠してないすか、爪?」とか思っちゃう。やっぱりオリジナル脚本で、エゴまるだしの今泉作品を観てみたいな。

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真木よう子さんには、折角なのでもう気持ちブラの位置を上げていただきたかった。でもこのバランスこそが、今回のダウナーで普段着なキャラクターには合ってたのかもしれないけれど。

背中から水中へ沈み込むキーヴィジュアル的なシーン、沸き立つ無数の小さな泡は、あやうく均衡を保っている彼女の魂が重力の拘束を解かれ、分解して霧散していくようだった。

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予想してたよりビル・エヴァンスみはない。無理筋にこじつけてみるなら、ピアノとギターのデュオ・アルバムは《相互理解》のひとつの完成形でもあるわけで、この物語にとっては希望ともいえる存在かもしれない。