ラウぺ

マエストロ:その音楽と愛とのラウぺのレビュー・感想・評価

4.1
ニューヨーク・フィルの副指揮者レナード・バーンスタイン(ブラッドリー・クーパー)はある朝電話で起こされる。体調不良で指揮ができなくなったブルーノ・ワルターに替わり臨時で指揮をしてほしい、という。その日はラジオの生放送が予定されており、リハーサルも無しで本番に臨んだバーンスタインは期待以上の成功を収め、一躍クラシック音楽界のスターに躍り出る・・・

ブラッドリー・クーパーの監督・主演でバーンスタインの半生を振り返る本作は、華々しい活躍の軌跡を追うのではなく、妻のフェリシア・モンテアレグレ(キャリー・マリガン)との関係を主軸に展開していきます。
フェリシアと出逢う前から結婚当初の頃をスタンダードサイズのモノクロ、60年代半ば前後をカラー、70年代後半をビスタサイズで描き分け、それぞれの時期の二人と家族の関係、そしてバーンスタインの男性関係を描いていきます。
指揮・作曲活動の軌跡がメインでないことの証として、それぞれの時期の年月の表記は一切なくて、それはバーンスタインとフェリシアの二人の関係に焦点を当てるのであれば、時期の明示は必要ない、ということだと思います。
また、更にクレジットの表記はキャリー・マリガンが筆頭で、実質的にこの映画の主役はバーンスタインなのではなくて、巨匠といわれる音楽家の妻として3人の子どもを育てつつ、幾つになっても自身の芸術的活動と奔放な愛に明け暮れる男との愛憎劇、という結構シビアな物語が展開されます。

セリフはやや冗長とも感じる、ちょっと観念的という印象の言い回しが多くて、集中力が削がれるところも無きにしも非ずですが、それぞれの心情を語る場面での饒舌さは、そこに焦点が当てられているからこそ成り立つギリギリのラインを攻めている感じがあります。
常人のレベルを超越した芸術活動家ともなると、私生活が疎かになったり、欲望に規制がかからず正直で居ようとするあまり、身近な者に図らずも負荷がかかってしまうということは理解できます。
バーンスタインはゲイというよりバイセクシャルであり、分けても若い男性が好みらしい描写が幾度も出てくる。
本物のバーンスタインも生前からこの点はカミングアウトしていて、それはフェリシアも当然承知のことであるはずですが、だからといって妻帯している身で性別に関わらず妻以外の相手と性的接触を持つことは、自由恋愛の信奉者でなければ受け入れ難いことであるのは当然のことと思います。
劇中のフェリシアの苦悩はまさにこの点がメインで、これはフェリシアの生涯に渡って描かれるため、映画は当初の予想とは違い、非常に重苦しく、辛い描写が続きます。
二人だけのときに交わされる激しい言い争いの場面では、華々しい活躍の裏で奔放な行いがフェリシアをどれほど傷つけているかが明らかになり、観ている側もいたたまれなくなってきます。
バーンスタインがこのスタイルを改めるふうでなく、(他の男に対するのと同様に)フェリシアに対する愛情が変わらないことを訴えることで、ファリシアはそれを(ある程度?)受け入れる。
このあたりの描写はそれぞれのエピソードが切り替わる中でどう解決されていくのか、という部分があまり描かれていないので、観る者としては、事実としてバーンスタインがそうしたスタイルを変えなかった、ということを納得せざるを得ない。

フェリシアはやがて肺がんであることが明らかになり、バーンスタインは献身的に看病するが・・・
病床のフェリシアとバーンスタインの様子の描写は思いのほか長く、この作品で主役がフェリシアであることがより明確になります。
こうした妻泣かせの男であることが明らかになるとはいえ、随所に登場する指揮の場面でのバーンスタインの様子は本物のバーンスタインが憑依したようですらあり(マーラーの『復活』を指揮する場面では曲のクライマックスの素晴らしさもあって背中がゾワゾワするほどの感激を受ける)、似ているというよりもまるで本人にしか見えないメイクの素晴らしさもあって、人間バーンスタインの素の様子が明確に伝わってくるのでした。

個人的には、手放しで全編素晴らしい、とまではいかないものの、特に後半に素晴らしい場面が続き、やはり良作であることに違いない、と思います。
家に帰ってバーンスタインがフェリシアの追悼のために没後10周年に演奏したモーツァルトの『レクイエム』を聴くと、フェリシアに対するバーンスタインの想いが演奏から滲み出て、改めて感激するのでした。

以下蛇足ながら
製作にブラッドリー・クーパーの他にマーティン・スコセッシとスティーヴン・スピルバーグが名を連ね、音楽監修とサウンドトラックの演奏にヤニック・ネゼ=セガンが当たるなど製作陣も厚く、Netflixとしてはごく一部の作品だけがピックアップされる劇場公開作であり、珍しく2種類あるチラシも裏面にも印刷がある(Netflixのチラシは通常は裏側に印刷がない)など、アカデミー賞ノミネーションに向けてイチオシの作品という位置づけなのかと思います。
第81回ゴールデングローブ賞には4部門ノミネートされていますが、今年は『オッペンハイマー』 と『バービー』の2作が主要部門を取り合い、その残りを他作品が争う的な展開となりそうなところ。
アメリカでは神格化されているであろうレナード・バーンスタインの映画ということもあり、どこまで食い込むのか興味深いところです。
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