今は過去の集積の上にある。過去の出来事は必ず現在に影響を及ぼし、現在は未来への布石となる。他者と過去に出会い、浅からぬ関係を築いたら、その後の思考はその人がいなかった頃には戻れない。でも残酷な事に、その一時の繋がりでさえ、時間が経ち、距離が開けば、今のものではなくなってしまう。今現在のその人のことは分かりはしない。過去の生活は過去の生活でしかない。不可逆な時間の流れの中で、たまたま現在近くにいる人との関係に名前をつけるために「イニョン＝縁」を探し求める。記憶も証拠もない前世に思いを馳せ、その「フィクション」に意味を付けようとする。前世がどうだったのかわからないように、時の流れる先がどうなるのかは知る由もない。それでも、たとえ今世にイニョンが無かったとしても、来世に期待をする。決して同じ出来事は訪れない輪廻転生の中に自分を置いて、今世を生きるのだ。
不思議なことは何も起こらない。言ってしまえば、ただの良くある初恋の物語とそのほんのり甘く、ほろ苦い顛末でしかない。ただそこに二重のアイデンティティという移民の物語を織り交ぜることで、仏教的世界観と実存的哲学観という深みを与えている。演出も過剰ではなく淡々と、しかしながら情感たっぷりな極上の恋愛にまつわる映画。
